|
Burlesque meets Sentence
04・早川兄妹
高校二年生になって、お兄ちゃんは進学講習にも行くようになった。
そんなお兄ちゃんを、お父さんとお母さんは眩しそうな目で見ている。もちろん、あたしも。――眩しそうな目で見る反面、未だに、どうしていきなり変わったのだろう? と不思議に思う気持ちも少し見え隠れしているが、それはきっと、この世界ではお兄ちゃんの他にはあたししか知らない。
「教師になりたい」
まっすぐな目で言い切ったお兄ちゃんがやっぱり眩しくて、何だか気圧されたあたしは適当な質問をまくしたてて誤魔化してみる。小学校、中学校、それとも高校? まさか大学教授? なんて訊いてみると、お兄ちゃんは、まだ決めてないよと笑う。
「夕は?」
「将来の夢? あたしはまだ決まってないよ。でも、」
言いかけてやめた。お兄ちゃんも何も訊かなかった。
どういう職業に就きたいとか、そういうの、全然まだ決まってないけど。
――この世界に戻って来るまでの間。
あとでお兄ちゃんに訊いたら、お前は俺が目覚めてからすぐに起きたよと言うから、あれはほんの僅かな時間の出来事だったのだろうけれど。
思い出す。
あの灰色の空間の中で、なぜか鮮やかに知覚できた同色の髪。
鋭い橙色の瞳。
振り払って、言葉を続ける。――消したい思い出なんかじゃない、ただ未だに思い出すと苦しくなるだけ。絶望を感じない不思議な苦しみの正体を、あたしは何となく掴みかけては手放している。
もう会えないから、あたしはあなたの幸せを願い続けて生きる。
「んーやっぱりまあ、まっとうな職業に就いて、ばりばり働きながら格好良い旦那さんもらって平和な家庭を築く!って感じかな。旦那さんは背が高くて超イケメンのお金持ちがいいなー高級車乗り回してて」
「お前な……」
「ま、つぐ姉みたいに可愛いお嫁さんには、なれないだろうけどさ」
「なれるよ」
即答で返ってきて驚いた。顔があかくなる。ちょっとちょっとどうなってんの、本当にお兄ちゃん変わり過ぎだってば。昔は、お兄ちゃんはしょうがないなあたしがいないと駄目なんからーとか思ったりしてたのに実は。
「なろうと思う気持ちがあれば、何にだってなれると思う」
お兄ちゃんの言葉を、絵空事だと、夢見がちだと笑う人の方がたくさんいるかもしれない。でもあたしは知ってる。それが本当だってこと。
こんなにもお兄ちゃんは変わった。そして多分、あたしも。
「明日もまた講習?」
「土日以外は毎日あるよ。高三になったら土曜日も」
「うげー」
顔を思いっきりしかめたあたしにお兄ちゃんは苦笑いする。
成績も容姿も中の下、平凡も平凡なはずだったうちの兄は、近頃なんだかすごい勢いで格好良くなっている。
これ、あの金髪の綺麗な女の子にも見せてあげたかったなあ。
結局あのひとが、お兄ちゃんのどんなひとだったのか、未だに聞いてないや。
……でも、あたしにとってネネがどんなひとだったのか、と訊かれるのと同じくらい、お兄ちゃんには困ることなのかもしれないな。それにおせっかいだし。やめとこ。
「どうした? ていうかお前、宿題は?」
「いま持ってくるから教えてよ」
「ふたりとも、ごはんよー」
いいタイミングでキッチンからお母さんが顔を出す。
「お父さんは?」
「今日は会議だって」
「忙しいなあ中間管理職」
「こら。ていうか父さん中間管理職だっけ?」
他愛ない話をしながら食卓に着く。平凡な家庭の美味しい日本料理を食べながら、変な気持ちになる。
悪い意味じゃなくて、心を半分、向こうに置き去りにしたみたいだ。
ふと目を閉じた時あたしは、見慣れぬ世界で、見慣れぬ色彩を持つ人々に囲まれて、サバイバル生活だの洋館での軟禁生活だのを営んでいる自分に遭遇する。
それは世界どうしが簡単に行き来できるようになればいいのに、なんていう期待が見せた夢だろう。
(未練なんてすぐには切れないっつーの。ネネのばーかばーか)
馬鹿とは何だ馬鹿、なんて返事が聞こえてきそうで、あたしは少しだけ笑う。
世界が途切れても、思い出は止まない。
物語はとっくにエンディングを迎えたはずなのに、あたしの頭の中では、とにかく平穏で幸福なエンドロールが今も流れつづけている。
もどる * 2009/10/2
Burlesqueは早川兄妹を絶賛応援しています。
夕ちゃんは「まったくもうお兄ちゃんは」とか思ってそうなタイプなので(でも甘えっ子のお兄ちゃんっ子)
いきなり朝くんが格好良くなったらびっくりするよねとかそういう話……だったはず……まあいいか。
|