S a c r i f i c e  /  サ ク リ フ ァ イ ス
プロローグ(2) 風の王国


 世界の北西に位置する大陸の、最も北西に小さな王国がある。
 たった三つの都市から成るほどの小国。しかし、古い歴史と強い軍事力、そして何より豊かな国力を持った強国でもあった。
 その名をセインレドという。
 古代に使われていた言葉で、聖なる真紅の色と称す。

 セインレド王国は、塩分過多な『死海』と呼ばれる海と隣接していながら、偏西風によってその影響をまぬがれている。
 国土には常に心地よい風が吹き、国民たちはその風を恩恵と感じ、信仰している。
 自国の者も他国の者も、セインレドを『風の王国』と呼んでいる。

 グレイン=ハーツは、セインレド王国の国王夫妻の第二子――そしていずれは王位を継ぐべき第一王子として、一年の終わりを告げる十二月三十一日に生まれた。
 今年で二十歳という節目の年を迎える。
 彼には父と姉と妹、そして風変わりなふたりの友人がいた。


 四月のある日。
 グレインは、姉のリビティア姫と妹のプリムローズ姫、そして友人のリシュアとスコルツァと共に、セインレド王城の空中庭園にて小さな灯火を囲んでいた。
 この国の王妃――つまりグレインの母は、三年前、グレインが十六歳の誕生日を迎えたその日に亡くなっている。今日は、その王妃の誕生日であった。
 亡くなった王族は、もう生誕祭が行われなくなるが、彼らは王妃が亡くなってからも身内だけで毎年祝っていた。黙祷を捧げていたといっても、間違いではないが。

 ふと、リビティア姫が弦楽器を奏でている手を止めた。
「お父様だわ」
「本当だ。陛下だね」
 リシュアも振り向いて確かめる。その横を、そっとプリムローズ姫が駆けて行った。
「お父様、お仕事は終えられたのですか?」
「ああ」
「今、お姉様の曲を聞いて、解散しようとしていたところなのです」
 グレインに貫禄と年齢を付けたしたような国王は、笑いながら手を振った。
「構わないよ。邪魔をして悪かった」
「いえ。どうぞお掛けください」
「いや――ああスコルツァ、開けなくていい。グレインに用事があって来ただけだ」
 スコルツァが一人分のスペースを開けようとするのを制して、国王は息子を呼んだ。
 濃灰色の髪も真紅の目も国王に生きうつしなグレインは、父王が来ていることに気付いていなかった。どこか深刻な形相で灯火を凝視している。
「グレイン」
 二度目に呼ばれて、彼はハッと気がついて立ち上がった。
 その様子を、ふたりの友人は横目で見つめていた。
(ルツァ。いまのグレン、明らかに変だったよね)
(・・・またあの変な強迫観念に襲われているのかもね)
 友人たちが小声で会話しているのにも気づかず、グレインは国王の前に立った。
 背はグレインの方が高い。
「またでかくなったか?」
「おそらく。・・・で、どうかなさいましたか」
「おまえ宛の手紙を預かっている。執務室まで来い」
「分かりました。・・・リシュア、スーク、先に部屋に戻ってて良いからな。寝てても良い」
「私、もう少し起きてる」
「僕もそうするよ。リビィの曲、最初からもう一度聴きたい」
 リクエストを受けて、リビティア姫は微笑んだ。
「いいわよ。じゃ、蝋燭を変えてくれる?」
 国王とグレインが歩き出す背後で、再び奏でられる幻想曲。
 弦楽器の麗しい音色と共に、グレインの脳裏には母親の死に顔が浮かんだ。
 頭痛。
 強迫観念。
 グレインはそれらから目を背けようとする。
 けれどいつも向き合うことになるのだ。

(――母さんをころしたのは、俺だ)

 とうてい事実とは思えない奇妙な言葉と。

 


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