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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第五章( 3 )
ヒースが登城して一時間も経たないうちにグレインによって国王に報告がされ、そうしてセインレド王城は一時騒然とした。
無論、すべての事柄がすべての人々に話されたわけではない。けれど国王や王子が重臣と共にどこか慌ただしくしていることは、王城で働く人々にも次第に伝わっていった。
そして、フレイスおよび彼と行動を共にしている者ソフィアの縁者として、ディルハーツとカースも王城に召集された。
ディルハーツの方は、自身の素性が急に明かされたことに戸惑っているふうだったが、フレイスに名前を貰ったこと、レイチェルというのが双子の片割れであることを思い出していたので、さほどの混乱はないようでもあった。
「返そうか、これ」
「いい。大事に持ってて」
ディルハーツが差し出してきた、柄に宝玉のついた装飾剣を、リシュアは触れずに押し返した。兄いわく、彼とはいとこ同士なのだというが、初対面のときに感じた懐かしさのような違和感は、そのせいだったのかもしれないと思うと何となく納得した。
けれど白に近い銀色の髪に、象牙色のような目。自分や兄に見られるような、桃色や紫色はない――と思いながらよく見ていると、彼の目は象牙色なのではなくて、ごくごく薄い紫色なのだということに気が付いた。
「何?」
「なんでもない」
「そう。……会議、長引くかなあ」
国王はいま、グレインをまじえて、数人の重臣たちや召集した一部の市民と共に会議をしている。一部の市民というのは、有事の際の避難所に指定されている硝子工場を持つラミル氏、同じく避難場所である王族霊園の墓守(彼は王城に仕える人物でもあるが)、そして国境を広く覆う結界城壁クランベルトの管理者(彼もまた王城に仕える人物だ)、国立病院および私立病院の院長たちである。他にもいるかもしれないが、リシュアが把握できるのはその程度だ。
ちなみに会議にはヒースが出席している。彼は門外顧問として、一時セインレドの魔導師団に籍を置くことになった。リシュアが出席しなかった理由の一つには、気遣いというものがあるのだろうと彼女は考えた。会議ではもしかしたら、フレイスの扱いについての話題――生け捕りとか、殺すとか、そういう話題が出るかもしれないから。
「うまい対策が思いつくかなあ?」
「どうかな。でも、ヒースと私の間でも、幾つかは出てるし。……やっぱり、悔しいけど、お兄ちゃんの言うとおり人命を優先しなくちゃいけないから、お兄ちゃんたちを捕まえるとか喰いとめるとか、そういうことは後回しになっちゃうかもね」
二人と一緒に行動していたカースとスコルツァはといえば、前者はプリムローズのお茶の相手、後者はリビティアのところへ事情を伝えに行っている。スコルツァはついでに、霧生の乱に大きなトラウマがあるプリムローズにどう話すか、どこまで伝えるかということもリビティアに相談しに行っているようだ。
「お姫さまたち、大丈夫かな」
「リビィの方は大丈夫だと思うよ。私たちよりずっと大人だし。……ところでふたりは、城に泊まっていくんでしょ?」
「これからカースの薬がたくさん必要になるんだったらね。一度店に戻って、道具を用意してきたりしなきゃ駄目だけど。とりあえず、この会議の結果次第ってカースは言ってた」
「力を借りることになると思うけどね。御符もたくさん作らなきゃいけないし」
まったくもって厄介なことになった。リシュアは溜息を吐いたが、廊下の向こうから見慣れた軍服を着こんだ人物が歩いて来るのが見えて立ち上がった。
「魔導師団の会議だ。……じゃあね、ディルハーツ」
「頑張って」
「うん」
ディルハーツと別れ、リシュアは迎えにきた魔導師と一緒にサロンへ向かう。魔導師団のサロンは騎士団のサロンと同じく地下一階にあるのだが、騎士団が東側なのに対して魔導師団は西側にある。
そこに集まった少数精鋭ともいえる団員たちの前で、若き団長であるリシュアは、声と表情に精一杯の威厳を込めて告げた。
「セインレドに再び危機がおとずれようとしています」
その夜。
魔導師団の会議も終わり、リシュアは客室のある一階東側に向かった。
Ellen Heathという札のかかった客室の前で立ち止まり、ノックをする。返事もなしに扉が開いて、リシュアは招き入れられた。
「おつかれ」
「お疲れ様。会議はどうなったの?」
ヒースは文机に向かっていた。机の上には会議の資料と共に、色とりどりのラベルと、魔導薬のサンプルらしきものが置いてある。それから、護符の紋様案。
「この護符の紋様、判子にして捺すか、シールにして貼るか。判子の方が楽かな」
「結局どうやって国民に携帯させるの?」
「保険証の更新と称して国民に持ってこさせて、そこで保険証に護符を刻んで『必要になるから絶対に携帯しておくように』と念を押す、とまあこんな感じで」
「保険証ね。なるほど。会議はどうなったの?」
「霧生の乱のような混乱が近々起こることを出席者に告げた。それから、フレイスたちが魔力剥奪をこの地でしようとしていることも。最も優先すべき敵は法族――黒衣の者たちだってことは告げたが、それでもフレイスたちが敵であることに変わりねえ。入国審査と城下都市の検問を一時期だけだが厳格にし、セインレド国籍でない者は基本的に城下都市に入れないことになった。……つっても、あからさまにやっちまったら国民も不審がるからな。色々と別の理由をこじつけて」
「情報公開レベルは?」
「B……とか言ってたな。国民には秘密なんだろ」
「騎士団と魔導師団に所属する者すべてに公開。一般市民には秘密」
「魔導師団はどうだった? 会議したんだろ」
「そのラベルの使用方法についての確認と、魔力剥奪がどんなものかについての説明、どう対策するかについての議論。ラベルは、黒が救済不可、赤が重度の魔力疾患、紫が重傷、水色が軽度の魔力疾患、黄色が軽傷、その他は白。でいいね?」
「ああ」
「魔力剥奪についての対策法は、また一度ヒースも交えて議論したいってことになったけど」
「出るよ」
「術者を取り押さえるのが一番確実なんだけどな」
「難しいぞ。フレイスたちが守ってる」
「……なんかこの前会った時から引っ掛かるんだよね。ヒース、何か隠してるでしょ」
「隠してるが、お前たちの困るようなことは隠してない」
かつてウィルニーではヒースがリシュアの隠し事を追及しなかったということもある。黙りこんだリシュアに、ヒースは別の話題を振った。
別のといってもやはり、フレイスたちの話題にはなるのだが。
「フレイスが、この国と協力体制を取れない理由が引っ掛からねぇか?」
「いつまでも健在でいたら云々って言ってたじゃないの」
「本人はそう言ってたし、確かにそれは嘘でもなさそうなんだが……フレイスは、言ってないことも沢山ある。むしろ、あいつは言ってないことの方が多いんだと思う。協力体制を取れない理由について……何か言うのを躊躇っていた……本人にとっても不確かなことなのかもしれない」
リシュアは蝋燭の灯に照らされる彼の顔を見ていたが、少し反抗的な顔つきになって、彼の目の前の椅子に座った。目線が同じになる。
「ヒース、私ね、お兄ちゃんたちがセインレドで魔力剥奪をするのが、何かに対しての最良の方法だったとしても、私はそれに従わないよ。グレンや国王陛下やみんながこの国を守りたいと思っているから」
「その想いはフレイスも一緒なんじゃねぇか? もっと自分たちに力があれば、こんなことしなくてもいい、みたいなことを言ってたぞ」
「お兄ちゃんは勝手だよ。他の人よりも力があるからって、自分が何とかしないと駄目だって思ってる。八年前に一人で国を出たのも、きっとそのことに関係してるんだと思うけど。お兄ちゃんは、セインレドを守るためには仕方のないことだと思ってるみたいだけど、何からセインレドを守ろうとしているのかをはっきり聞かせてくれないと、こっちはわけがわからないだけだよ。最初から私たちが役に立たないとか、巻き込みたくないとか、そういう風に決めて、ほんとに勝手だよ」
リシュアは眦を赤く染めて、怒りと決意に燃えた瞳で云い切った。
「私はフレイス・エリクティルの横行を許さない。何があってもセインレドは害させない。いずれにせよこの国が傷付く運命にあるのなら、自分たちの手で抗えるだけ抗った方がいい」
「……それで傷が大きくなってもか?」
「誰にも分からないはずよ、そんなことは。あの時こうしておけばよかったのに、なんてことは後からいくらでも言えるじゃない。それに、未来のことを憶測で計算したって、現実の答えははじき出されない。未来は不確かよ。私は、お兄ちゃんの見ている予知夢に興味なんかない!」
声を荒げたあとの静けさは、どうしてかヒースの胸を締め付けた。
「変なこと言って、悪かった」
「悪いのは私だよ。ヒースに怒鳴っても仕方ないのにね。……明日の朝あらためて、魔導師団の会議の時間を報せるから、よろしくね」
「ああ」
「おやすみなさい」
小柄な後姿を見送って、ヒースはそっと息を吐く。
「フレイス。おまえ、妹を頼ってもいいんじゃねぇのか」
あの思い詰めた、かたくなな横顔を思い出す。
けれどこの国のことは、この国に住む者たちが決めればいい。
そして自分は、友人に肩入れをするだろう。
ヒースは蝋燭の火を消して目を閉じた。
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