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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第五章( 2 )
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親愛なるリセリシュアへ。
思いもよらない(わけでもなかったけど)ことになって、お前に手紙を書くことになったんだが、そもそも手紙を書くなんて、これが人生で三度目くらいのことだから、色々と拙いだろうが許してくれ。
今まで音信不通で悪かった。
ヒースから色々とお前の話も聞いたんだけど、お前が俺たちや法族の動向に過度の興味を持っているようかと訊いたら、自分で訊けと怒られてしまった。だからこうして手紙を書き始めたわけなんだが、思ったらお前からは俺に返信できないんだよな。だから訊くのは止めた。訊いたところで特に何も変わらないしな。俺の希望をいえば、あんまり興味は持たないでほしいんだけど。
首を突っ込むと、ろくなことにならない。無理やりに首を突っ込まされる可能性はないわけではないが(既に巻き込まれてはいるわけだし)、大人しくしているなら、俺たちが守ってやれる。
本題。
俺とお前の母親、サフィエラ・エリクティルが法族だということは、もう知ってるんじゃないかと思う。世間的にはあまり(法族という存在自体が)知られていないことだから、もしかしたら知らないのかもしれないが、まあそれは別にいいか。国王陛下あたりにでもお聞きになればいい。
ちなみに俺たちのような法族と人間族の混血児は、ベリストといって、他種族よりも大きな魔力と、これは人によってだが吸血鬼のような高い身体能力を持つ。その分、死産やら流産やらが多くて、非常に生まれにくい存在ではあるが、俺たちの母親は大きな力を持つ魔女だったために、俺たちは無事に生まれてくることができたようだ。
母は、法族の王家の血筋だった。五人姉妹の長女で、法国の始祖といわれた大魔女イゾルデの娘だった。イゾルデの名は聞いたことがあるんじゃないかと思う。お前が読むような古い貴重な文献にも記述があるだろうし、それにお前の友人がその名のつく指輪を持っているだろうから。とにかくそのイゾルデという女――俺たちの祖母にあたる魔女は、思念体による不完全な輪廻転生を繰り返した(らしい)結果、狂気に魅入られた。母サフィエラは三人の妹と共に、イゾルデを殺して――実際には死んだかどうか確かめる間もなく封じたのだそうだが――法国を脱出した。そうして母はセインレドに来たわけだ。五人の姉妹のうち、イゾルデを殺すもしくは封印することに反対した一人の姉妹だけが法国に残り、母のあとを継いで法国の長となったそうだ。
母は、イゾルデを封印する際に九つの封印を用いた。北から始まって北東、東、南東……といって北西、最後に中央で終わる九つの方角に、闇、水、雷……といって風、最後に無で終わる九つの属性を当て嵌め、それらの封印を司る魔導具を生み出した。
それがお前の友人たちの持つ魔導具だ。
その魔導具は、御守りでもあるが、イゾルデの封印を解く鍵にもなりえる。その事実を母は、魔導具を託した友人たちには一言も伝えていなかったようだが、非常に大事なものであることは告げ、母の友人たちもそのことを察してくださったようだ。
そうして彼らは八年前、魔導具を狙って襲い来る法族たちからそれを守りきり、しかし次に託して亡くなった。
法族たちが外部に干渉できる時期というのは限られている。そしてそれは、イゾルデの封印が一時的に弱まるのと同じ周期で訪れるらしい。イゾルデの封印が弱まるのは八年周期。霧生の乱から今年で八年。もうすぐ霧生の乱の時期が訪れる。
奴らは再びセインレドに襲来するだろう。――どうしてしつこくセインレドを狙うのかといえば、まあ多くの魔力が手に入るだとか、魔導具が点在してるとか、幾つか理由があるんだろうが、一番の理由は恨みだと思う。法国はセインレド王国に恨みを抱いている。イゾルデ封印の首謀者、俺たちの母サフィエラを匿った国を。
確かにその魔導具は大切なものだ。けれど、母の友人たちが命を賭して守ったからといって、お前の友人たちが命を賭してそれを守る必要なんてない。生命は、魔導具以上に大事なものだ。その魔導具は生命を守る盾にもなりえるけれど――スコルツァという子には、セリアという人魚を通してすでに伝えたはずだが、命が危険にさらされた時は、そんな魔導具は躊躇いなく捨ててしまえばいい。命を賭して守るなんてうんざりだろう。父さんもエレナさんもハウライト氏もエシカさんもみんな、魔導具を――母との約束を守って死んでいった。もしかしたら王妃さまもそうなのかもしれない。
もう誰も死ぬな。身を守ることを第一に考えてくれ。魔導具を奪われたって、捨ててしまったって、俺たちが絶対に何とかするから。言葉にすると頼りないな。俺たちはこれから危険に飛び込んでいくことになるけど、それはもう決まったことで、俺たちがいくら身を隠し、逃れようとしても逃れられないことなんだ。だから決着をつけなくちゃいけない。お前たちは俺たちの抗争に巻き込まれるだろう。母サフィエラの友人の縁者として生まれ、セインレドに生きている限りは。けれど決して当事者じゃない。ただの被害者でしかない。首を突っ込むな。ただ巻き込まれるのは癪だと思っても。受ける被害を最小にする努力をしてくれ。
魔力剥奪については、大体のことは分かっているようだから省く。そろそろ手も痛くなってきたし、文章も支離滅裂になってきている気がする。ヒースとは色々と話したから、気になることがあるなら彼に訊いてくれ。それじゃ、これで。
あとこれは、国王にお伝えしてくれ。
――近いうちにセインレドに参ります。迅速な対処をご期待いたします。ってな。詳しくはヒースにも伝えてあるから、よろしく。対策・対処に掛かる時間が延びれば延びるほど、そちらに不利になる。死者は出したくない。頼んだぞ。
中央大陸 / デヴォラ市アルフレッド・ホテル212号室の窓辺にて フレイティルス・エリクティル
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追伸
ディルハーツは元気かな。会ったことはあるか? カースちゃんのところにいるはずなんだけど。記憶を取り戻したようだろうか。まだ無理かな。
その子は俺たちの従兄弟だよ。母の一番下の妹の子どもにあたる。
ディルハーツには、父ヴェナールの形見をお守りとして預けた。本当はあの形見はお前に渡すつもりだったんだけど、記憶喪失のまま一人でセインレドへ送り出してしまうあの子のことが心配で、あの子に託してしまった。
期を見て、お前に渡すように言うつもりだったんだが、どうやらお前はノゼリアで加護を受けてきたようだから別に要らないな。安心した。その加護は生命の危機から身を守ってくれるだろう。お前に加護を授けてくれたあのフィマばあさんは、かつて母さんの従者だったひとだ。彼女のように、イゾルデを封印して国を出た母たちに付き従ってきた人々を、俺たちは亡命法族と呼んでいる。彼女らは主である母たち姉妹の膨大な魔力を糧に生きている者がほとんどだが……母たち姉妹のほとんどは死んでしまったから魔力の供給が止まったせいで死んだり、八年前に殺されたりして、かつて多くいた亡命法族も今はほとんどいないだろう。けれどまだ残っている。その人々は間違いなくお前たちの味方であるから、紫や桃色の髪や目を持っていても、反射的に攻撃しないこと。
話が逸れまくった。これだから手紙は苦手なんだ。
書き残したことがあるかもしれないが、とりあえずはこのあたりにしておく。
それじゃ、また会う日まで。
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「いきなりこんな説明されても……」
驚きというか呆れというか、何ともいえない表情でリシュアが呟く。他の三人も同感だ。
「フレイスはセインレドに対して何らかの攻撃を加える気なんだな?」
国を守るために戦うべき立場のグレインは、やはりそこが最も気になるところである。
ヒースは、向けられた問いに頷いた。
「この国の魔力を奪って消すそうだ」
「彼らと出会った経緯から、話してくれないか」
要望に応えてヒースは簡潔に話す。中央大陸のデヴォラという都市でフレイスとソフィアを見かけてあとをつけたこと。都市から少し行ったところにある広い森の中に、白ずくめの廃墟があって、そこで二人が何らかの魔導干渉をしていたこと。しかしそこで背後にいる仲間たちに尾行がばれて、一緒にデヴォラに戻ったこと。五人の名前。ホテルの一室でフレイスとソフィアに聞いたこと。
ただし、一緒にフラストへ行って魔力剥奪を見届けたことは言わなかった。
「ヒースがお兄ちゃんたちに会ったのはいつ?」
「八月の中頃」
「それから真っ直ぐセインレドに来たにしては遅くない?」
「お前と違って俺は色々やることがあんだよ」
「リーアのお兄さんは、どうして魔力剥奪をするのかな」
スコルツァが突然言い出した。
「取り出した魔力は消すんでしょ。魔力が欲しいわけじゃないよね。……法族も魔力を欲しがってるから、その邪魔をしてるってことであってる?」
「多分な。先手がどうのこうの……」
と言ってヒースは言葉を切り、向かいにいるグレインを見つめた。
「気分が悪いのか?」
「いや。それで、セインレドにはいつ来るんだ?」
「そこまでは分からない。ただ、先手を取られる可能性はあるからそんなに休んでられないとか何とか言ってたからな……。国王への伝言は、土地の魔力に癒着している国民たちを、魔力剥奪による様々な弊害から守るための対策を急いで練ることを期待している、ってんだろ。相変わらず言葉っ足らずだなあいつは」
「どうあっても、お兄ちゃんは魔力剥奪をするつもりなのね」
「あいつの仲間が、奇妙なことを言ってた。俺が、セインレドと協力体制を取らないのか、と訊いたら、『セインレドがいつまでも健在だったら結局はひどい形で滅ぶことになる』とか『滅びの種は咲くことを遅らせられるが咲くのは止められない』とかそういう……それから、フレイスは『必要とあらばセインレド人でも手にかける』と言ってた。『邪魔をすれば』って。ただあくまでも敵は法族だから、俺たちが潰し合いをしている間に奴らの横行を許すなんてことはしたくない、とさ」
リシュアは剣呑な表情で黙りこんだ。
「すぐに対策を練るべきだよ。魔導師団を集めたら?」
スコルツァが言った。いつもならグレインが言うようなことなのだが、彼は黙って考え込んでいるようだ。リシュアは頷いて立ち上がる。
「お兄ちゃんがヒースに色々と喋ったってことは、ヒースにも何かを期待してるってことだよね。ヒースはどっちの味方なの?」
「敵なら来ねぇよ」
「ありがと。じゃ協力してね」
暴論的にまとめると、リシュアはヒースと共に慌ただしく部屋を出ていく。
スコルツァはそれを見送り、グレインがあらかじめ用意してくれていた水を飲むと、黙りこんだままのグレインに話しかける。
「大丈夫?」
「……ああ。問題ない」
「いつものレイツなら、すぐに王さまに報告しに行きそうなものなのに」
「ああ。そうだな……すぐに会わないと。なんか、頭がよく働かなくて駄目だ」
グレインも部屋を出ていく。一人で部屋で待っていてもいいが、どうせリシュアたちは帰ってこないだろうし、グレインも遅くなるだろう。
そう思ってスコルツァが部屋を出ると、ちょうど廊下に出てきていたリビティアに出会った。
「さっき、リシュアやグレインとすれ違ったけれど、何だか慌ただしかったわね」
「色々とね」
「面倒なことになってるのかしら」
「すごく」
リビティアは肩をすくめる。
「いやね、厄介事は。それで、スコルツァは手持ち無沙汰なの?」
「そう。することがないんだ。プリムのとこに顔出して帰ろうかなと思ってたとこ」
「じゃあその前に私とお茶にしましょう。ひとりでは味気ないもの」
「プリムは?」
「新しい家庭教師のひとが来たから、さっき庭いじりをやめて今はお勉強の時間よ。お茶もその先生とするそうだから」
招かれてリビティアの部屋に入る。
モノクロームでまとめられているグレインの部屋とは違って、パステルカラーでまとめられた、明るい部屋だ。楽器や小さな本棚があり、全体的に柔らかい雰囲気。花の匂いがする。
「メリル、スコルツァも一緒よ」
「お茶のお相手ができてよかったですわね、姫さま」
メイドが笑いながら、紅茶と菓子を用意する。彼女が出ていくのを待って、スコルツァは訊いてみた。かつてリビティア専属の騎士であったという彼のことを。
「リーアのお兄さんってどんなひとだった?」
「フレイス?」
いきなり彼の話題が出てきたことにリビティアは目を丸くしたが、何となく察したのか、わけは訊かずに斜め上に目線をやって考えるそぶりを見せた。
「そうね……とりあえず彼は、私の初恋のひとだったのよ」
並みいる求婚者たちをやんわりと撥ねつけ続けてきた彼女は、そんなに恋に興味のない人物なのだと(人のことは言えないが)スコルツァは思っていたので、少しだけ驚く。
「同い年なんだけど、すごく大人びていた。思いっきり笑うことはほとんどなくて、いつも唇と目を三日月にするような微笑だけ。良識のある親切なひとだったけど、目的のためなら手段を選ばないような、そんなところもあった。非道なことはしなかったけれど。憧れや羨ましさを通り越してこわくなるほど、強いひとだったと思う。当時の、十四歳くらいの私の印象ではね。……彼は、常に自分なりの物差しで世界をはかっていたわ。でも、その世界の真ん中には誰もいないの」
「どういうこと?」
「世界がまるごと彼の中にあるみたいだった。たとえば……リシュアのためとか、私のためとか、そういう特定の何かのために動くというよりも、限定されない、不明瞭で大きな何かを世界の真ん中に据えていたような気がする。うまくは言えないわ。感覚的なことだし……」
リビティアが考え込んでしまったので、スコルツァは質問を変える。半ばからかう気持ちで。
「どこが好きだったの?」
「格好良かったのよ、とっても。同年代の女の子たちの憧れだったわね。若いのに騎士だったし、しかも大人顔負けに強かったもの。……でも、私の前で、一度だけ泣いたことがあった」
リビティアは思い出す。
十年近くも前の、空中庭園での出来事。
プリムローズがまだ小さくて、メイドたちは母と妹の世話にかかりっきりだったので、フレイスを付き添いにしてお茶をしていた時のことだった。リビティアは、一緒に飲もうと誘ったのだが、彼は過酷な騎士団の修行と夏の暑さに負けたのか、食が細くなって入らないからと言って給仕をしていた。
――忙しいのね、ヴェナールさまもあなたも。
――騎士としての務めですし、父のことは誇りに思っていますから、つらくはありません。
――寂しくない?
――え?
――家族といられなくて。妹さんもまだ小さいのに。
何気なく訊いたつもりだった。フレイスもいつもの年不相応な微笑みで、そんなことはありません、と返すのだと思っていた。
けれど彼は言葉の代わりに涙を流した。表情ひとつ動かさずに。唇の震えひとつもなしに。
――ごめんなさい。私、悪いことを言ったのね。
――いいえ。違います。
フレイスは顔を窓の外へ向けて、リビティアにその表情が見えないようにした。
――堪らなく苦しくなるときがあります。どうしようもなく寂しくて。……でもそれは、傍に家族がいたって、友人がいたって変わらない。寂しいときは、どんなに周囲に大勢いても寂しいし、寂しくないときは、ずっと一人きりで過ごしていても寂しくはありません。
――いまは?
――今?
――寂しい?
振り向いたフレイスはいつもの微笑みを見せた。
問いの答えは、それだけだった。
「会えるとしたら、また会いたい?」
「会いたいわ。でも、会ってどうこうしたいとかは、ないの」
「なにも?」
「ああ、ひとつだけ訊きたいことがあるわ。でもそれは別にいい。とにかく、彼が帰ってきたら、喜ぶひとがきっといるでしょう。リシュアや、騎士団のひとや、お父様や。みんなの喜ぶ顔が見たいわ」
スコルツァは会いたいひとがいる?
誰に会えたら喜ぶ?
そのリビティアの問いに、スコルツァは首を振って答える。
「別れてきた誰かに会えなくても、今のみんながいてくれたら、僕はそれが一番いいな……」
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