S a c r i f i c e  /  サ ク リ フ ァ イ ス
第四章( 5 )


「災難だったな。ヴァーク」
「災難どころじゃねえよ……何なんだ、あいつら」
 レイチェルに治癒魔導を二時間近くも施してもらったが、それでもヴァークの腹にあいた穴は、やっと風を通さなくなる程度だった。フレイスが意外な手際よさで消毒液を塗り、ガーゼを当て、包帯を巻いて処置していく。
「こんなもんかな。きつくない?」
「ん。平気」
 血の気を失った顔で、ヴァークは深く息を吐いた。
 一時期同行することになったミックスエルフの魔導師・ヒースと別れ、城壁都市フラストを出たところまではよかった。そこで運悪く――本当に運が悪いとしか言いようがない――狩りに来たのであろう吸血鬼の一団と遭遇してしまったのだ。
 吸血鬼というのは、並はずれた身体能力を持つ。そしてその身体能力というのは、そのまま戦闘能力だと考えても構わない。法族相手に大立ち回りを見せた後のフレイスたちにとって、彼らは非常に厄介な敵となった。しかもソフィアとエストラルは倒れている。
 結局、ヴァークが腹に風穴をあけ、レイチェルが危うく片腕一本持って行かれるほどの怪我を負い、フレイスが両耳を削がれかけるという怪我程度で、何とか追い払うことができたのだ。
「それにしても。ひとり、変な子がいたな」
「あたしも思ったぁ……ヴァークのお腹に拳たたきこんだ女の子だよね?」
 フレイスが出した話題に乗っかってきたものの、レイチェルは疲れ切っていた。無理もない。連戦に次ぐ連戦の後、ヴァークとフレイスと自分の怪我を魔導で治したのだ。
「変な、ってどんな?」
 そう言ったのは、洗面器に湯を張って持ってきたエストラルだ。吸血鬼の襲撃を辛くも逃れたあとで目覚めたのだ。疲れは色濃いものの怪我がないだけましである。
 ちなみにソフィアは、未だ眼を覚ましていない。
 フレイスのいう “ 変な子 “ 、つまりヴァークの腹に拳を叩きこんで穴を開けたというつわものの娘は、青い髪――は吸血鬼全体の特徴であるからともかく、目の色が緑がかった青という、他の吸血鬼とは少し違う感じの色合いをしていた。ぞっとするほど美しい容貌。これも吸血鬼の特徴であるが、何だかフレイスには、他の吸血鬼たちよりも美しく見えた。
「綺麗な子だったんだよー」
「綺麗で済む話じゃないと思うけど。大体、吸血鬼って綺麗なものだと思う? 肌は青白いし、生気がなくて整い過ぎてて、逆に気持ち悪いよ」
「そうかなあ? 綺麗だったよー。ね、ヴァーク!」
「俺に訊くなフレイスに訊け」
「爪で貫かれてそれどころじゃなかったもんな。……まあでも、確かに他の吸血鬼とは違う感じだったな。俺たちが他より綺麗だと思うのは、俺たちに比較的近いからじゃないか?」
「近い?」
「吸血本能に支配されてなかった。そんなに飢えてないだけかもしれないけど……」
 フレイスの話を聞いていたのか聞いていなかったのか、レイチェルとエストラルはそのまま綺麗なものについての議論を始める。ヴァークだけが、フレイスの方を見て言った。
「迷惑かけたな」
「お互い様」
「その子が、俺の腹に穴あけた瞬間に、伝言預かったよ」
「伝言?」
 眉を顰める。
 ヴァークは、彼女のことを思い出しているようだった。
「――わたしたちは大丈夫。あなたたちのすべきことをしなさい」
 変な娘だった。
 いや、変な集団だった。
 その娘も、他の吸血鬼たちも、襲い掛かってはきたものの、みな戦意がまるでないように感じた。疲れ果てながらも抵抗するフレイスたちを、まるで子どもをあやすかのように翻弄し、時折そっと笑った。血が欲しい血を吸いたい、そんなのじゃなくて、ただ遊んでいるような、そんな感じ。
 血を拭くための布を湯で絞っている手を止め、フレイスは考える。
 いくばくもしないうちに、はじき出される一つの名前。
「……あの子は、ハウライト氏の縁者かな?」
「イゾルデの指輪を持ってたっていう?」
「ハウライト氏の姉が、吸血鬼の住処であるヴェルイールの樹海を支配している女王だという。しかしハウライト氏にはそれ以外に兄弟も子もないらしい。女王の娘かな……だとしたら、なんでそんな要人が樹海から遠出して来たんだ? しかも少数で」
 フレイスの母親、サフィエラ・エリクティルは、吸血鬼ハウライトとは友人同士だった。
 その関係を辿って、息子のフレイス自身もハウライトのことは知っている。
 愛称はハウラ。
 血を吸うことを好まない、異端の吸血鬼。
 甥のスコルツァを樹海から連れ出し、イゾルデの指輪と共にセインレドへと導いた男。
 そして、その縁者らしき娘。
「俺たちに言いたくて、わざわざ来たのかな。ヴェルイールは自衛できるってこと」
「それ以外は思いつかないけどな。……魔力剥奪の気配を察知して来たのか、もともと待ち伏せしてたのかは知らないが。つーか忠告だけならどうして俺の腹に穴あけたんだよ?!」
 フレイスは、けらけらと無責任に笑いながら、
「スキンシップじゃないか?」
「そんな過剰なスキンシップがあるかよ……まあそれは置いといて。興味本位でもう一度接触してみたいけど、無理か」
「また腹に穴あけられたいなら行けばいいと思うよ、俺は」
「残念。可愛かったんだけど」
 ヴァークがそう言うと、フレイスは肩をすくめて自分の怪我を負った部位に薬を塗りはじめた。
「…………ひどくやられたわね」
 か細い声がして、フレイスとヴァークは振り向いた。
「起きたか。気分はどうだ」
「平気よ。それよりも、ひどいわね、それ」
 ソフィアは、ヴァークの腹に巻かれた包帯を見て言った。治癒魔導によって穴はふさがれたが、傷が全快したわけではない。次に彼女はフレイスを一瞥して、そのかすり傷の多さに溜息を吐いた。
「かなり際どい戦いだったのね。向こうも本気を出してきたのかしら」
 そこでフレイスは、ソフィアとの間に齟齬が発生していることを悟る。
 そういえば彼女は吸血鬼たちに襲撃された時、気を失っていたのだった。
「これは法族相手にじゃない。フラストを抜けた時に、吸血鬼と遭遇してこの有様だ」
「……運が悪いわね……」
「そうでもないんだ、というか偶然の遭遇じゃないらしい」
 フレイスがヴァークから聞いた話をすると、ソフィアは目を丸くした。
「言うためだけにやって来て、それで、ヴァークのお腹に穴をあけたの?」
「敵意がないだけにスキンシップだと思うんだけどな、俺は」
「だからそんな過剰なスキンシップは要らねえんだって……!」
 怪我を負い、体力を消耗しきっているのに、五人はひとしきり笑った。
 ひと仕事終えて、そんなに経っていない。昂揚感が残っている。
「疲れ切ってるとこだけど、一度寝たらそうそう起きれないだろうから、先に会議しとく……?」
「それがいいな」
 エストラルの提案に反対する者はなく、五人は世界地図を囲むようにして床にべったりと転がった。座るのが何だか億劫だ。そんなに手入れのされていないアジトで、床には絨毯も何もなかったが、特に誰も不快さは感じないようだった。
 議長役のエストラルが話し出す。
「フラストで襲撃に来たのは、およそ三十人。……三十よりは、ちょっと少なかったかな。それに後ろから見てる分には、特にフレイスたちも苦戦らしい苦戦はしなかったみたいだけど」
「確かに精鋭兵という印象はなかったな」
 フレイスが相槌を打つ。
「それが意味しているのは何か? 何だと思う、ヴァーク」
「今まで同様、此処は奪られても仕方ない、かな」
「あわよくば強奪、という感じか――違うなあ。本当は、フラストに割いてる人員もなかったんじゃないかなと思うけどね」
 四人の目が一斉にエストラルに向く。
「かつて僕の母親の従者だった魔女から得た情報なんだけどね」
「いつ?」
「さっき。レイがヴァークの怪我を治してる時。僕が外に薬草を取りに行った時だよ」
「その魔女は法国にいたのか?」
「そう。母さんたちがイゾルデを封じて法国を脱出した後も、斥候のために法国に残ったんだって。……かなりの危険を冒して僕に接触してきたからね。もしかしたら今頃は、もう」
 そこでエストラルは言葉を切った。
 先を促すフレイスの目線に気付いて、話を続ける。
「確かな情報筋だってことは分かったね。僕の居場所を知ったのは、母さんの形見に残った魔力を追ってきたから、らしい。かつての従者にはそんなこと朝飯前なんだね。……で、その魔女いわく、いま法国ではクーデターが起こっているらしい」
「内紛真っ最中ってことか」
 さすがに全員話が早い。
 エストラルは頷き、世界地図をひっくり返して、真っ白な裏面にペンで書く。
「僕たちの伯母(叔母)にあたる法国の女帝バレリア亡きあと、その帝位――つまり支配権は、息子の燐に渡った」
「リン? 変わった名前ー」
「法国の支配者がイゾルデからバレリアに変わった時、バレリアは姉妹たち――つまり僕らの母親たちと法国との縁を完全に切るために、法族たちに古代語、つまり漢語を使用した名を名乗ることを強要したんだ。女王イゾルデの血筋だから、真名として僕らのような名前も持っているらしいけど、とりあえず燐で通ってるからそのままいくね。その息子の燐は、とてもよくやっていたんだけど、その部下であった刹伽(セツカ)という人物が、突然反旗を翻したらしい」
「支配権を争って戦ってるのか」
「……それがねフレイス、そうでもないらしくて。言うことを聞かなくなった、というのかな。勝手に対外行動を始めるようになり、それを咎めた燐とその軍隊と、交戦するようになったとか」
「今あたしたちの邪魔をしてる法族が、そのセツカって奴の差し金で来てるってこと?」
「たぶんね」
「そして魔力剥奪を続けている。――敵は奴らか。法国のトップ、その燐ってのは……多分、俺たちの味方だな」
「決めつけるのは早いけど、まあそうなんじゃないかと僕も思うよ。サクリファイス計画は、刹伽という奴の手によって進められようとしてる」
 サクリファイス計画。
 その名を耳にした瞬間、全員が――口にしたエストラルでさえも――剣呑な表情になる。
「あたしたちを此処まで追い込んだ、元凶?」
 記憶をなくし、大した知識もないレイチェルでさえも、わかる。感じる。
 それさえなければ、愛する人と、平和に暮らしていられたということ。
「そうだよ。レイチェル。だから俺たちは、それを止めるんだ」
「……恨みつらみを言ってる場合じゃないみたいだし、話を続けるけど、やっぱり決め手はセインレドになるよ。その魔女の話だと、バレリアは特に、自分の姉であるサフィエラ――フレイスの母親のことを一番に恨んでいたらしい。彼女が法国を出て行った先がセインレドであることも知っていて、晩年は気も狂わんばかりに攻め潰せと言ってたようだし。……さらにそこが、計画にうってつけの、大量の魔力が眠る土地。女帝バレリアと、その息子の燐とでは、統治方法も気性も何もかもが違ったらしく、燐は外部に対しての侵攻は望んでいなかったようだけど、クーデターを起こしてるっていう刹伽は、完全にバレリア側の人間だ。セインレドは絶対にとってこようとする」
「フラストに人員を割いたのは、たぶんカモフラージュというか……ここで沈黙したら、わたしたちだって、向こうが何か企んでいると疑うものね」
「時間がないよ。僕にこのことを教えてくれたあの魔女は、確実に生かしてはもらえない。逃げまわると言っていたけど……時間の問題だろうね。ネズミ一匹を追いかける手間も人員も惜しいといって逃がしてくれるかどうか――違う、そんなのはもう問題じゃないか」
「早くセインレドに行かなければ。先手を打てなければ終わりだと思うわ。向こうにも魔力剥奪の能力者がいるんでしょう? 頻発できない状況にあるとはいえ、ソレッタでの魔力剥奪はもう二カ月近く前の話だし」
「……一番最初にセインレドをやるべきだったかな」
「いや。春は王女の生誕祭が続いて、城下都市に人がごった返しだったし。そもそも、魔力剥奪によってどんな影響が起こるか、試さなきゃいけなかったし。ていうか、セインレドはひと筋縄でいかないから、長々と計画を練ってたんじゃない。フレイス大丈夫? 慌ててもいいことないよ」
 まくしたてるエストラルに、フレイスは笑いながら頷く。
「慌ててはいないんだけど。――ともあれ準備段階は、これで最後かな」
「最後に大仕事。ぱーっと決めて終わりで、いいじゃねえか」
 ヴァークが軽い調子で言った。彼のそんな物言いは珍しい。
「疲れ切ってても、これだけは成功させないと。明暗を分ける。頑張ろう」
 頑張ろうというフレイスの言葉も珍しかった。
 地図が印刷された面を再び表にして、エストラルが通る道にペンで印を付けていく。
「このままセインレドに向かうよ。ボートで北西大陸に渡って、築港都市コールから陸路を取る。で、北西大陸横断の魔導列車でセインレドの隣国マーベリックまで乗る。横断列車はセインレドまでは通ってないからね。あの国の防衛上の観点かららしいけど、不便だなあ。……列車内で休息を取るけど、たぶん疲れが取れ切らないから、マーベリックに少し滞在して休憩。そのあと、フレイスとソフィア以外は普通にセインレドの入国審査を受けて、まずはエルクラウドまで入る。城下都市の隣だね。そこまでなら、名前と身分証明書と指紋捺印とサインが有れば入れるから。そしてフレイスの指示通りの道を行って、フレイスとソフィアを招き入れる。」
「身分証明書は偽造?」
「ヴァークは本物でいいよ。僕とレイは持ってないから偽造。というか、勝手に自分たちで作っちゃうだけで、名前とかはそのままにしようかなと思ってるけど。
で、次に城下都市への入り方なんだけど、基本的には国民しか入れないんだよね、あの都市。本当ならエルクラウドで魔力剥奪をするのが一番楽なんだけど、魔力の濃い場所っていうと、やっぱりあの城下都市しかないんだよね多分。だからこそ厳しく防衛してるわけだし。……ここでも、フレイスとソフィを招き入れるために必要なあの場所を使うわけ」



 確認事項を終えると、夕食もとらないままに、ヴァークとソフィアは眠りこんでしまう。先程までは色々と喋っていたレイチェルも、さすがに疲れ果てて眠ってしまった。
「エストも、眠いなら寝てていいよ」
「さすがにもう襲撃してこないと思うけど、不用心な気がするし。誰か起きるまでは起きてるよ」
 ぐっと伸びをして眠気に耐えるフレイスの横顔に、エストラルは疑問をぶつける。
「セインレドに帰るのは楽しみ? それとも帰りたくない?」
「んー……楽しい用事じゃないしなあ。もう二度と帰ることもないかと思うと、まあ楽しみだけど」
「二度と帰らないの? 僕たちが生きのびることができたとして?」
「セインレドに戻ったって、確実に罪人だろ」
「これからすることを考えれば、確かにね」
 喋る体力もなくなってきたのか、エストラルはそれきり口をつぐむ。
「エスト、答えなくていい。……おまえ、全部終わって、何も怖いことなんかなくなって、隠れることもしないで自由に動き回れるなら、なにをしたい?」
「…………」
「考えておけよ。希望がないと、やってけないぞ」
「…………根拠のない希望でも?」
 フレイスは微笑んで答える。
「希望なんてものに根拠なんてない」
「じゃあフレイスは何がしたい?」
「それを今から、考えるところ。何がいいかな」
 出発時刻の夜明けまで、まだ時間はたっぷりあった。

 


 / × / →

 

 

 

 

 

 

広告 [PR] 紅葉めぐり わけあり商品 ヒートテック 無料レンタルサーバー ブログ blog