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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第四章( 4 )
六人乗るので精一杯なほどの小型ボートは、快速で蒼海の東側を駆けていく。
魔導を駆使してボートを操るレイチェルは、たまにヒースの方を見てはにこにこと笑っている。これから行く都市での出来事を見守ったらすぐに別れだ、ということは言ってあるのだが、別にそんなことは気にならないらしい。
「……やっぱり学校に連れて行ってみようかな」
風切りの音にまぎれて、フレイスがそんなことを呟くのが聞こえた。
北東大陸の南西部に位置する城塞都市フラスト。
平均的に寒冷なこの大陸においては、比較的過ごし易く、人間族が多く住まう。
城壁に囲まれている理由は、人間族を狙ってたびたび襲撃してくる吸血鬼たちから身を守るためである。――この都市の北東には、吸血鬼たちの最大の棲み家である広大で鬱蒼とした樹海・ヴェルイールが広がっている。
六人がその都市に着いたのは、その吸血鬼たちが最も活発に動いているであろう深夜の時間帯だった。
魔導船を駆使してなお疲れが見えない様子のレイチェルが、どうやら相棒として動くことが多いらしいヴァークと共に、都市へと飛び出していく。
「何をしに行ったんだ?」
「偵察。誰か起き出していないか、魔力の濃い部分はどこか、吸血鬼や法族といった敵対者がいないかどうか。……ちなみにソフィアとエストは、もう術式の準備にかかってる。俺はその護衛」
フレイスが丁寧に答えてくれた。
自身の腰に佩いたレイピアをあらためながら、
「そういえばヒースは戦えるのか? 見たとこ肉弾戦は普通っぽいね」
「普通も普通だよ。魔導なら、そこらの奴らには負けねぇけど」
「法族が襲撃してきたら、自衛が最優先。ヒースは観察がメイン。万が一、俺やヴァークやレイが、あいつらを守れないという状況になったら手伝ってほしい」
「おう」
「でもまあ、下手に魔導は使わないほうがいい。からめとられて、魔力剥奪に巻き込まれる可能性もなくはないからな。ソフィアに味方識別されてるとはいえ、あいつも下手したら自我を失うこともあるから……」
「そうなったらどうするんだ?」
「俺の魔力をやる。……いくらかとられたところで、死んだりしないから」
ヒースも力のある魔導師である。フレイスの、かなり無理やりに抑えつけられている大魔力のことには気付いていた。
「使役はできないのか」
「からきし。下手にやろうとすると、自滅するからな」
苦笑まじりにフレイスは言った。どうやら自滅とまではいかないが、その寸前くらいまではいった経験があるらしい。生まれ付き魔力の扱いに秀でたヒースには、魔力が使役できないという感覚が理解しがたかったが、フレイスがその大魔力を自在に使役しているところを想像すると、背筋がうすら寒くなった。
出る杭は打たれる。少したとえが違うかもしれないが、そういうものなのだろう。
少しして、ヴァークとレイチェルが戻ってきた。少しだけ息を弾ませている。都市をぐるりと一周して来たのだったら、疲労はそれくらいでは済まないはずだが、彼らに限ってはそんなこともないような気がした。本当にぐるりと都市を偵察して回ったのだろう。
「どうだった?」
「異常なし。ワープゲートらしき綻びは三か所。ここから北西、南、北東の位置に。術式に理想的な場所を囲むようにしてあったけど、どうする?」
「ソフィアの疲労を溜めたくない。罠でも、そこに行こう。退ければいいだけの話だ」
「準備が出来たよ」
エストラルの声で空気が一変した。全員の顔つきが変わる。
ヴァークたちが見つけてきた “ 術式に理想的な場所 “ へ向かう最中に、フレイスは簡潔にこれからのことを説明してくれた。
「魔力剥奪の気配を察して、法族たちはすぐに、あらかじめ聖地に仕掛けておいたワープゲートから襲来する。エベラスの時は三十人くらいかな……ウィルニーの時は、どうやら向こうの手違いか別の思惑か知らんが、襲撃してこなかった」
「エベラス?」
「南西大陸にある小さな集落だよ。実はそこでも魔力剥奪をしたんだ。試験的にね。……聖地とまではいかないが、魔力に溢れた土地だった。ただしその魔力が、瘴気とか植物の異常発達といったマイナス面で出てたから、結果的に魔力剥奪はいい方向にでたようだけど。名もほとんど知られていないような小さな集落だから、なんの報告が来ないのも仕方ないね」
「ウィルニーには、どうして来なかったんだ?」
「それは、リセたちに聞いたほうがいいと思う。……セリアという、ウィルニー付近に住んでいるらしい人魚の少女から聞いたところによると、黒衣の集団は、リセたちを襲撃したようだから」
ざくざくと音を鳴らして歩く。
普通の声で話していても、住民たちが起きる気配はない。――色濃く漂う催眠の気配。レイチェルあたりが恐らくは、魔導によって都市を眠らせたのだろう。
「法族たちの狙いはソフィアが取り出した魔力の塊を、エストに消滅させられる前に奪うことだ。そのために襲いかかって来る。俺たちは基本的に迎撃の形で応戦する。……魔力剥奪の気配を察してからワープゲートで襲来するという奴らの行動からも分かる通り、奴らは魔力剥奪を頻発できる状況にないんだろう。少なくともソフィアのようにはな。だから奴らの狙いの二つ目は、ソフィアを拉致することだ。俺たちに対しては殺す気でかかってくるが、ソフィアに対してはそうではないらしい。魔力剥奪の能力が、喉から手が出るほど欲しいんだな」
「俺は自分の身を守りつつ状況を観察し、ソフィアとエストラルに危険が及んだら援護しろと、そういうことだな?」
「すばらしい」
短い称賛の言葉を述べると同時に、フレイスが身構えた。
「ソフィアとエストラルの傍にいるのがいいだろう」
「分かった」
ヴァークとレイチェルも戦闘態勢に入っている。静けさが都市を包む。
「――はじめるわ」
ソフィアがそう口にした時、彼らの周りを大量の影が取り囲んだ。
「これが……」
法族。
真っ黒に塗りつぶされた数十の影がうごめいている。
頭部は頭巾に覆われ、口元も布で隠されている。纏っている衣も含め、それらはすべてが塗りつぶされた漆黒で統一されており、裾から出る生白い腕には鎌のような武器が握られている。
その腕の他に露出しているのは目の部分だけである。――その色は、どれも桃色や紫色をしていた。その色を見てヒースは気付く。フレイスやヴァークやエストラルの目もまた、桃や紫系統の色をしている。レイチェルも、片目は緑だが、もう片方は紫だ。
桃・紫系統の色彩を持つ生物というのは極めて稀である。ヒースがフレイスたちに対して奇異な印象を抱かなかったのは、おそらくリシュアの鮮やかな桃色の眼に見慣れていたからだろう。
――あとで訊いてみよう。
そう観察している間にも、交戦が始まる。数十の敵相手に壁が三人だけでは、すぐにすり抜けられてしまうものだが、フレイスたちはうまく立ち回っていた。壁をすり抜け、術式を展開しているソフィアへ突進していく者たちは、エストラルが超魔導による念動能力の類か何かで、再び遠くへと吹き飛ばしていく。
ヴァークの殺人的な威力を持った回し蹴りが炸裂して、法族が数人弾き飛ばされた。再びそれが立ち上がろうとした刹那、その身体は爆ぜて消える。
「……なんだ……?」
「蹴った瞬間に、相手の体内に魔力をぶち込んで破裂させたんだ。ヴァークは魔導と格闘術を組み合わせてうまく戦う。レイもそうだけど」
エストラルが親切に説明してくれる。決して警戒は怠っていないのに、どこか余裕で暇そうだ。踏んだ場数の違いだろうか。――エストラルが指した先を見ると、レイチェルもまた法族に回し蹴りを喰らわせたところだった。蹴りを受けた者たちは、体から物凄い勢いで放電して消えていく。
あの二人は戦い方がよく似ていた。それを指摘すると、
「レイの師匠はヴァーク。二人とも身体能力が高いし、魔導の使役にも長けてる」
「おまえの出番、あんまなさそうだな」
「ない方がいいけどね。僕だって大仕事があるんだし」
そう言いながら、エストラルは腕を振る。その動きに合わせて、壁をすり抜けた法族が、再びフレイスの猛攻にさらされる位置まで戻される。
「……ま、次は出番があるかな。セインレドは一番大変なところだし」
「…………やっぱり狙うのか」
「きっとあんたはセインレドの味方をする。だからフレイスはあんたを一緒に連れてきた。その意図は分かるよね?」
「アフターケアをよろしくどうぞ、ってんだろ。……セインレドと協力体制はとらないわけ?」
「だめなんだ。協力体制を取って、セインレドがいつまでも健在でいたら。結局は……ひどい形で滅ぶことになると思う。あの国が昔、ひとりの魔女を受け容れた瞬間に、滅びの種が蒔かれた。咲くのを遅らせることはできるけど、咲くのを止めることはできない」
「……? 随分、回りくどい言い方をするな」
「だって邪魔されても困るんだもん。僕たちは絶対に、立ち直るのに時間が掛かるくらいセインレドを崩壊させなくちゃいけない。エレン・ヒース、あんたにしてほしいことは、人命救助だよ。あの国が崩壊しても、完全に滅んではいけない。そして国民たちが死んでもいけない」
「かといって健在なままではいけない、と。……厄介じゃねぇか」
「だから頭を悩ましてんの。厄介な国」
エストラルは唇の端を持ち上げて、不敵な笑みを浮かべた。
――と、膨らんでいた魔力が、飽和する気配がした。
「終わったのか?」
「みたいだね。……ちょっと離れてて」
大地からごっそりと取り出した魔力に渦巻かれた中で、ソフィアは青白い顔で目を閉じており、まるで死人のようだった。エストラルは彼女の手を取り、同じように目を閉じる。
奇妙な魔導の波動があった。
一瞬のうちに、恐ろしいまでの静けさが戻る。
あとには、砂のように消えていく法族たちの亡骸と、フレイスたちの乱れた呼吸だけ。
「ヒース、ソフィアを抱えてくれるか」
そう言いながら、フレイスは気絶したエストラルを抱える。
レイチェルとヴァークは、少し息を整えてから、再び偵察にでも行くのだろうか、どこかへ駆けていく。
「催眠の魔導から覚める。異変を確認しに行ったんだ。……ウィルニーやエベラスでは幸いにも死者は出なかったけど、魔力剥奪によって、土地の魔力と癒着していた人が、死に至る可能性もあるから」
「急性魔力欠乏症か?」
「ごく稀にね。魔力欠乏症を訴える人がほとんど。いくつかのラベルを用意して、症状の軽重によって患者に貼り分けていく。……急性、つまり救うのが困難であれば黒、重度の魔力欠乏症であれば赤、というように」
「その処置をする魔導師たちが魔力欠乏症になったら話になんねぇな。……結界や護符の類で、ある程度は防げるようなもんなのか?」
「魔導師なら、たぶんね。一般人に護符を配って、これで魔力剥奪も大丈夫です、なんていうのは無理だけど。……セインレド人なら、護符があれば半数は何とかなるんじゃないかな。よほど強く土地に癒着しているとはいえ、自らも強い魔力を持つような人たちが多いしな……」
フレイスとヒースは対策を話す。
これからセインレドで起こる出来事の、そのあとについての。
「……なあ。あいつら、法族は、おそらくセインレドにも来るんだよな?」
「絶対に来る。もしかしたら俺たちの先手を打つ可能性もあるかもしれない。だから俺たちはあまり休んでもいられない。法族側に最近現れたと思われる魔力剥奪の能力者の準備が出来れば、奴らは仕掛けていくだろう」
「どこから来る? こんな守りの薄い都市にワープゲートを仕掛けるのは簡単だが、セインレドは難しいだろう。国境にはクランベルトがある」
クランベルトというのは、強力な結界の紋様が刻まれたセインレドの国境線のことである。
それを踏破するのは法族たちといえど容易なことではない。
「ワープゲートなんか要らないよ。奴らは死海を超えて、直接アイベルオールに乗り込んでくる」
アイベルオールというのはセインレドの城下都市の名称だ。
ヒースは一度も足を踏み入れたことはないが、白鉱石と硝子によって造られた建物ばかりの美しい街であることは、写真で見たことがあるので知っている。そういえば、リシュアに来いと誘われていたっけな……。
「対策は君たちに任せる。ただし、魔力剥奪の邪魔だけはしないようにしてくれ」
「どうだかな」
「そうだな。いくら説いても、俺たちが肝心なことを言ってない以上は駄目だな。……ヒース、俺たちは必要とあらば、セインレド人でも手にかけるよ。邪魔をすればね。ただ、俺たちとセインレド人たちが潰し合って、肝心の法族たちに横行を許すなんてことにはしたくない。だから、あくまでも敵は法族だということをよく言ってくれ」
「なあ」
「なに?」
「……俺、おまえらの共犯にされたのか」
セインレドを守ってくれ。でも、俺たちの魔力剥奪の邪魔が入らないようにしてくれ。
何かぼんやりとしていて突っ込み忘れてしまったが、アフターケアを承ったということは、魔力剥奪を起こすことを見逃すのを許したということだろう。
……でも。
そっちの方がいい、そういう気がしている。
「俺たちは何も言い訳をするつもりはないよ。セインレドのためにセインレドを崩壊させるなんて詭弁だとしか思えないだろうし。……俺たちにもっと力があればね、そんなことしなくても済んだのかもしれないけど」
「力を合わせるという選択肢は、ないんだな?」
ヒースはもう一度確認する。
瑕を負ってなお光り続ける、強靭なガラス玉のような眼を見つめて。
「――ないよ」
「分かった」
言えない理由もあるのだろう。
抱きかかえていたソフィアをフレイスに渡す。
「預かった手紙はちゃんと届ける」
「ありがとう」
ヴァークとレイチェルが戻って来る。二人は何の報告もしなかった。
約束があるから、ヒースはここに留まって、都市の様子を見てからセインレドへ向かう。
「またね、絶対だよ」
別れの挨拶とともに、レイチェルが手を振った。
――またね。
けれど再会はきっと悲惨なものになるだろう。ヒースはそんな気がしていた。
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