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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第四章( 1 )
セインレドの第二王女、プリムローズ姫の十五歳の生誕祭が無事に日程のすべてを終えたところで、やっと仕事が一段落したリシュアは、すぐに帰宅してヒースへ手紙の返信を書いた。
―――― ― −
返信が遅れてごめんなさい。知ってると思うけど、姫の生誕祭で忙しかったの。
父の友人の住所録を探してみたけど、ヴァークという名は無かった。レンスターという姓名の人はひとり居たけど、連絡を取ってみたら、もう七十を過ぎたおばあさんだった。一応名前と住所は追記しておくね。無駄だと思うけど。家族はいないと言ってたし。
国王陛下に、魔力剥奪のことを正式に申し上げたよ。それから、黒衣の集団っていうのは法族だと思う。私もいま文献を漁ってるところだけど、とにかく法国や法族に関する文献って少ないね。何かあったら教えてよ。中央の方が、文献の数は揃ってるだろうし。
私の隠し事っていうのは二つ。一つは大したことがなくて、ウィルニーで兄からの伝言を受け取ったこと。力ある同業者に警戒を呼び掛けること――これは言ったよね。それから、ウィルニーの出来事に法族は関与していないとも言ってた。だからつまり、魔力剥奪は兄たちがやったというのは間違いがないということが確定した、それだけ。
もう一つは、いつか会った時に伝える。今のこの混乱(これからひどくなることは予想されるよね)は『災厄』という形で既に予測されていたものかもしれないという話。こっちは未だに、色々とよく分からないんだけど。
夏は誰の生誕祭もないし、比較的暇だから呼び出しには応じられるけど、一度セインレドに来てみるといいよ。王城の地下にある書斎には、興味深い文献がたくさんあるもの。入って読むには許可が要るけど多分大丈夫だと思う。お城が落ち着いたら、国王陛下にお願いしてみるつもり。法族の文献があるかもしれないし(王子が読んだと言っていたから)。
それから、エルフの女性のことなんだけど、おそらく彼女はティル・ソフィアといって、セインレドの都市で薬店を営んでいるエルフの姉である可能性が高い。というか、確定してる。エリステッドで八年前に起こった事件についても分かったことがあるから、やっぱり一度セインレドに来てよ。
兄や彼女についての動向が分かったら、面倒だとは思うけど逐一報告して。
私はちゃんと食べてるよ。今年の夏はいつにも増して涼しいし。
じゃあね。
エレン・ヒース宛、リシュア・エリクティル
追記
リリアン・レンスター ( Lilian Renster )
南西大陸 自治区デファンダ郊外在住
急速便:NWC-Defa-O-0021
七十歳、女性
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今朝。
カースは、切らしてしまった薬草を採りに行くために、裏路地から続く森へと出かけて行った。
だからいま、ディルハーツは一人で店番をしている。
虚脱した表情でいる彼に、客である老人が急かす。
「イヘオスを二単位と言っておるだろうに、どうしたぼうず。具合でも悪いか」
ディルハーツの目には、薄暗い店内も、常連客であるその老人も見えていない。
彼が見ているのは、真っ白な部屋だ。人工的な光が充ち溢れている美しい四角の部屋。
「ミリアムが動かなくなっちゃった……」
「ミリアム? 何じゃ、それは」
「泣いてる……あのこが」
「何かを思い出しとるのか?」
床に倒れ込んだまま動かない『ミリアム』。
それを囲んでいる自分と『彼女』。
『彼女』は真っ白な両手で目を覆い、泣き続ける。
ミリアムと彼女。
そうだ。愛したふたり。
――おれのなまえはなんだっけ?
" …………割れ…から……にし…う "
なんて言ってる?
" 太陽の片割れだから月にしよう。双子を引き離してしまう、そのせめてもの慰めに "
だれ?
きずだらけの手。
" 忘れてもいい。俺の名前は、 "
――海?
訊き返す自分の声。
" よく知ってるな。大海の神の名から付けられたらしい "
「ディルツ!」
びっくりして目が覚めた。白昼夢を見ていたのか。
いつの間にかカースが帰宅していて、客にイヘオスの薬を用意しながら、ディルハーツの名前を呼び続けていた。
「どうしたのです、ディルツ。具合が悪いのですか?」
「神話」
「え?」
「神話の本とか、ないの?」
決して語気は荒くないのに有無を言わさない口調。いつものディルハーツとは違ったものを感じ取って、カースは若干怯んだ。
「カースちゃん、言うとおりにしたれ。何か思い出しとるのかもしれん」
老人にも言われて、カースはすぐに奥へと下がり、おそらくは自室から神話の本を持ってくる。どこでも売られているような一般的なものだ。『創世記』なる神話が載っている。
しかし、カースはどうやら読んだことがないようで、新品同様のままである。誰かからの貰いものなのだろう。エルフ族にはエルフ族の信仰している神や神話があるはずだ。
客に詫び、薬を手渡しているカースの後ろで、ディルハーツはページをめくり続ける。
あった。
大海を支配する神 フレイティルス
彼の家族であった他の神々は、愛情を込めて彼をこう呼んだ
" フレイス "
怪訝そうに本を覗き込み、ディルハーツの様子に呆然としているカースを気にするそぶりもなく、ディルハーツはまたページをめくり続ける。
(太陽の片割れだから月にしよう)
そうだ。そう言って自分に名を与えたのは、確かに『フレイス』だ。
――太陽。おれの片割れ。
" 太陽の女神 レイチェル "
「月の神? ……あら」
やはりカースは人間族その他に伝わっている神話を知らなかったようで、予想だにしないところからディルハーツの名が出てきたことに驚いている。
ディルハーツは黙って、神話に刻印された太陽の女神の立ち姿を見つめる。
「…………レイチェル」
その名を目にしても、口にしても、ディルハーツの記憶がそれ以上蘇ることはなかった。
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