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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第三章( 4 )
空中庭園に、八人の男女が集まっていた。ごく小さな円卓が用意され、十二時の方角に国王、それから時計回りにグレイン、リシュア、スコルツァ、プリムローズ、少し間を空けてディルハーツ、カース、リビティアの順で座っている。ディルハーツは、カースについて行くといって聞かなかったようだ。
カースがその断りと、王家の人々への丁重な挨拶を済ませたのを見計らって、国王はおもむろに話し始めた。
「エリクティル家の人々の多くは王城――特に騎士団にいて、ヴェナールもその一人だった。年齢は俺と同じだし、いわゆる幼馴染というやつで、昔から親交があった。シトラスはヴェナールの、街の方の幼馴染だったが、俺とあいつが親しくなったのは成人も間近という頃だった。
まだシトラスと親しくなる前、ちょうど今のスコルツァとかグレインくらいの年だな、俺は城下町で天体観測をしようと思って、夜に城をちょっと空けて、硝子工場の屋上に上った」
「硝子工場って……ラミルさんの、あの? 高いやつ?」
「そうだ。まあ、若かったしな。それくらいは普通にやった。……そんな目で見るな。あの場所は寝ころべば星が一面に見えるほど綺麗な場所だったし、俺と同じことした馬鹿がもう一人いたんだぞ」
「誰?」
「おまえの母親だよ、リシュア。サフィエラ・エリクティル。愛称はサラ。彼女は、死海のどこかにあると言われている果て――法国からやってきた魔女だった。どうやったのかは知らないが死海を渡って、城下都市に不法侵入してきたらしい。ぼんやり星を眺めているところを見つけた」
「それでお父様は、そのサラさんを、捕まえたのですか?」
「捕まえなかった。というか、その意識がなかった。害意も敵意も感じられなかったし。とにかく、どんなことでか忘れるほどくだらないことで、俺たちはすぐに意気投合したんだ。それで話し込んでるうちに、王城をしばらく開けてしまっていて――いつもはそんなヘマしなかったんだが――それで探しに来たのが、俺の護衛騎士だったヴェナール。あいつはサラを捕まえようとしたな。そういえば。それを止めたのが、硝子工場の近くに家のあった雑貨屋の娘、シトラス・ルアンベルク。シトラスは、彼女に害意はないとか風が歓迎しているとか言って、行き場のなかったサラを家に居候させることにあっさり決めたんだ。それがはじまり。
サラはシトラスの家に居候しながら、よく城に来ては色んなことを話していった。蒼海で出会った真珠色の髪の人魚のこと、神秘的な森の中で出会った開放的なエルフの娘のこと、薄暗い樹海で遭遇した美しい吸血鬼のことなんかを。サラの手引きで、俺たちはこのセインレドで一堂に会した。サラはたまにその三人のところにも会いに行ってはセインレドで出会った俺たちのことを話していたらしくて、お互いにたくさん話を聞いていたから初対面とは思えなかった。まあ、一言でいえば馬が合ったんだ。
分かるとは思うが、人魚が、人魚族の長チェレシー氏の娘のエレナ・チェレシー・ルグエント、エルフの娘がカースの母親ティル・エシカ、吸血鬼がスコルツァの叔父のハウライト。
俺たちは一堂に会した時、サラからの贈り物を受けた。それが今、グレインやスコルツァの持っている剣や指輪――ピアスだ。
贈り物とは、サラが作った魔導具だった。無論、普通のものじゃない。サラには、『贈り物ではあるが、負担になるものかもしれない。けれど大事に持って、守っていてほしい』と頼まれた。俺だけは、国を背負うことになっていたから、『大変だろう』と言われて、もらわなかった。国を背負う責任と同じくらい、大切なものだったんだろうと思う。
精巧な作りのもので、装飾品が多かった。シトラスは緑色の石の髪飾り。――それを装飾剣に加工したのはチェレシー氏だ。グレインへの贈り物のためにシトラスが依頼したらしい。それから、ハウライトはスコルツァが持ってたあの銀色の指輪。俺たちはイゾルデの指輪と呼んでいたが、その由来は知らない。サラがそう呼んだから倣っただけで。それから、ヴェナールは水色の宝玉。お守り袋に入れて持ってたな、あいつは。エレナは青い石の首飾り。エシカは金色の刃の短剣。
エレナもハウラもエシカも、そう頻繁にセインレドを訪れられるわけではなかったから、俺たち全員が同じ場所に集まったのはそれきりだったな。贈り物が、なぜ負担になるかもしれないのか、なんてことは誰も訊かなかった。どうでもよかったからな。
そのうちにヴェナールとサラが結婚して、俺とシトラスも結婚した。エシカは出会った当初から既婚者だったが。そしてカースの姉のソフィアが生まれ、フレイスやリビティアが生まれて、俺たちは驚くほど平穏で幸福な日々を過ごした。それが途切れたのは、リシュアが生まれてすぐの頃だった。サラが、妹からの呼び出しだと言って、法国へ戻ったきり帰ってこなくなった。法国への道はサラしか知らないし、連絡の取りようもない。驚くほどあっけなく、サラは俺たちの日常から姿を消した。
それからは、またしばらく何も起こらない日々が続いた。しかし八年前になって――例の忌々しい霧生の乱が起こった。この風の大地と、特殊結界の刻まれた城壁によって守られていたはずのセインレドに、魔族や黒衣の者たちが襲来した。
黒衣の者たちは、サラと同じで紫や桃色系の髪や目の色だったから、法族ではないかと俺たち――俺とシトラスは推測した。隣国マーベリックも合わせて、このあたりは混乱に包まれた。最重要警護されていた俺とシトラスは無事だったが、ヴェナールは、あの乱で戦死してしまった。あいつの持っていたお守り袋はどこにも見つからなかったから、どこか見えないところに落としたきりなのか、奪い去られたのかは分からない。
そのうえ、乱と同時期に、セインレドから離れた三つの場所でも事件が起こった。
一つは、ハウラが何者かに追われながら、怪我を負ったスコルツァを連れてセインレドまで強行軍でやって来たこと。ハウラは王城に着いてすぐ、陽光アレルギーで亡くなった。
一つは、ウィルニー付近の海でエレナが突然死したこと。魔力がまったくない状態で海に沈んでいったそうだ。……理由は分からない、ということになっている。エレナの娘は、どうやら自分が殺したのかもしれないという思い込みを持っているらしい。グレイン、おまえと同じだな。
もう一つには、エシカの娘――カース、おまえがセインレドを頼ってきたことだ。つまり、エシカとその夫の身に何かあったということだ。おまえからは、エシカは死んだとしか聞かされていないし、詳しいことは分からない。けれど、エシカのもう一人の娘、ソフィアはセインレドを頼ってこない。訊けば行方不明だという。カースの様子も合わせて考えると、ただの事故だとかそういう話でないのは、容易に分かることだろう。
同じ年の同じ月に、友人たちが立て続けに死んでいった。これほど苦しくて、そして不穏なことはなかった。――魔導具をサラから譲られた最後の生き残りだったシトラスも、三年前に死んでしまった。その代わりに、友人たちが愛した娘たちや甥が、今こうしてセインレドに集まっている」
長話を終えて、国王は喉を潤した。
その斜め横顔を見つめて、プリムローズが泣きそうな表情で訊く。
「お父様は……お父様と、お兄様やスコルツァさんは、大丈夫なの……?」
「プリム。心配ごとなんか列挙したらきりがないわ。やめなさい」
その問いには、分からないとしか答えようがない。国王が口を開く前に、リビティアが厳しいけれど優しくもある声で遮った。
「でも、なにかあるんでしょう?」
「きっとね。私とプリムの知らないことが、あるんでしょう。でもそれは、意地悪とか、心配させようとして隠していたりするんじゃないと思うわ」
そうでしょう? 問われて、グレインは頷く。
「あなたのお兄様は、いたずらに嘘を吐くような者だったかしら。違うでしょう。……ほら、あまり困らせて、恥ずかしいところを見せてはいけないわ。私たちは先に失礼しましょう」
リビティアは一同に微笑んでみせると、不安に駆られているプリムローズの肩を優しく抱いて、私室へと戻って行った。
話をしやすいようにとの配慮であることは間違いない。
「グレン、気分が悪くなったらすぐに言ってね」
リシュアは手早くそう前置きすると、正面のあたりに座っているカースを見つめた。
「国王のご友人のエレナさんの他にもう一人、魔力がまったくない状態で亡くなっていたひとがいるの。……魔力剥奪によって殺されたのかもしれない」
魔力剥奪、という言葉を出した時、ぴくりとグレインが動いた。けれど前のように、発作のような反応が起きる様子はなかった。ただ思い出そうとするように疑問符を浮かべる彼に、スコルツァが「考えなくてもいいんだ」とぴしゃりと言う。
「時期的に考えて、カースのお姉さんがやったとは思えない。……エルフの中に、まだ魔力剥奪の秘術を使役できるようなひとはいなかった? 心当たりとかはない? そもそもどういう形でその秘術が安置されていたのか――教えてほしいの」
カースは重たそうな口を開いた。
「わたくしも八年前の昔話をいたします。お付き合いください」
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