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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第三章( 3 )
リシュアは、いつものように裏門からではなく、正門から王城に入った。
生誕祭中の警備についての簡易報告を国王にしなければならない。取次を頼むと、通されたのは謁見の間ではなく、国王の執務室だった。
変だな、と思う暇もなく椅子をすすめられる。――書類や本の類で雑多だった部屋は、妙に整然としていた。リビティアか誰かが片付けたのだろうか。この部屋にあるものを触ることができるのは基本的に王族だけだ。
リシュアの怪訝な視線に気がついた国王は、朗らかに笑いながら言った。
「部屋を片付けたのは俺だ。生誕祭の時、一時間くらいこの部屋も開放したからな。盗られて困るものは隠したし、ずぼらな王様だと思われても嫌だから整頓した。ああ疲れた」
どうせ明後日くらいにはまた例の雑多な状態に戻るのだろう。
リシュアはその話題を打ち切って、生誕祭の警備についての報告をした。職務なので無論敬語だ。プリムローズの生誕祭では、小さな窃盗やら喧嘩やらがあったものの、大した事件はなかった。
「御苦労。ついでに聞きたいことがあるんだが」
「はい」
「魔力剥奪って何だ?」
呆気にとられてリシュアは国王の顔を見た。この瞬間に負けは決定だ。
彼は、セインレド人らしい冷涼な目もとを和らげて、子どものように笑った。
「何なんだ。教えてくれ」
笑み一つに抗えない、こういうのをカリスマというのだろうか。頂点に立って、周囲をその魅力で強く牽引していくひと。息子のグレインが彼と同じ賢王と称されるようになったとしても、タイプは違うだろうなと思った。
それにしても。
――本気で聞きたがっている。
国王はリシュアを責め立てているわけではない。しかし、いつもどこかで「まあいいか」と許してくれるような、手加減らしき雰囲気もない。
「王命ですか?」
「いや。私的なお願い。――そっちの方が性質が悪いと思っただろう。顔に出てるぞ、顔に。ヴェナールと同じ表情だ。げんなりしてる」
父親の名を出されて、なぜか更にまごつく。
なんだかよく分からないうちに、完全に国王のペースだ。
「おまえが回答を渋ってる理由は訊かないから。魔力剥奪というのがどんなものか教えてくれ」
回答を渋るのは、ウィルニーでの調査の後、チェレシーと国王に虚偽報告をしたからである。例の魔力異変の事件に、兄が関与していることを、隠しておきたかったのだ。今までもこれからもリシュアのことを親身に思ってくれるであろう父の友人は、けれどセインレドという国の王様である。失踪したとはいえ自国の民がそんな事件に関与していると知れば、きっと調査に乗り出すことだろう。
魔導師会やエルフ族との折り合い云々の面倒な問題も手伝って、あまり国王や族長などの権威者には言いたくなかった。
「仕方ない。こっちから質問していこう。魔力剥奪とは、魔導の一種か?」
「そうです」
「攻撃性があるのか?」
「使い道にもよると、思います」
「人間にも作用するのか?」
「おそらくは。実際には未確認なんです」
「名前の通り、魔力を奪い取るというたぐいのものか」
「そうです」
「どれくらい奪い取るんだ?」
「分かりませんが、決して少なくはないと思います」
「ふむ。……となれば、もし人間に作用した場合、急性魔力欠乏症によるショック死の原因になりえるものか?」
「――たぶん、おそらくは」
なぜそのような質問が?
真意を測るように、リシュアは国王を見つめた。魔力欠乏症とは、名の通り、生き物の体内に巡っている魔力が徐々に欠乏していき、最低限度ラインをも下回った時に起こる数々の弊害の総称だ。高熱にうなされたり、手足が麻痺して動かなくなったり、眠りから覚めなかったりする。
多くの生き物は、速度の差こそあれ、魔力を自己回復して事なきを得る。しかし、急性魔力欠乏症であれば、急激に魔力が欠乏したことに身体がついて行けずに、死に至るという場合が多い。
国王の父、つまりグレインの祖父に当たる人物が、急性ではないが魔力欠乏症で亡くなったと聞いている。
「シトラスの死因は、急性魔力欠乏症によるショック死だ。チェレシー氏の話によれば、彼女の娘……つまり俺の友人のエレナも、そうらしい」
シトラス王妃の死因は、心臓発作の類ではなかったのか。
驚いて何も言えないリシュアに国王は続けた。
「俺とチェレシー氏に嘘の報告をしたな? 本当はウィルニーの魔力異変は、その魔力剥奪というものに関わっているんだろう。ウィルニーから帰国したおまえは、俺に『理由が分からない』と報告した後にグレインの部屋に行った。俺には虚偽の報告をしても、グレインとスコルツァには本当のことを言うだろう。おまえがグレインの部屋に行った後、あいつが昏倒騒ぎを起こした。その後でおまえとスコルツァが、あいつの頭痛に対する見解を説明しに来たな。なにかのキーワードによって頭痛が引き起こされる云々。そのキーワードって、『魔力剥奪』とかじゃないのか?」
「どうしてそれを……?」
「チェレシー氏は、おまえが白々しい報告をしにきたのが気になってたんだよ。それでおまえの同僚のエレン・ヒースなる人物を問い詰めた。今までは確証がないとかよくわからないとかで答えなかったんだが、最近になって魔力剥奪のことを話してくれた」
リシュアはヒースの手紙の一節を思い出した。
――死人が出た。もう放っておけない。
それでヒースは、チェレシー氏に話したのだ。虚偽の報告をした理由については、黙っていてくれたようだが。
仕方ないなとリシュアは思う。変に隠していた方が悪いのだ。
「王妃さまが亡くなったのは、魔力剥奪のせいだと思っているの?」
「魔力欠乏症ならともかくとして、あいつのは急性だろう。突然変異的に起こるようなものだとは分かっているが……」
「納得できない?」
「シトラスの死因はそれでいいにしても、グレインの様子にうまい説明がつかない」
「グレンの様子?」
「あいつが死んだ時、グレインはあいつと一緒にいたんだよ」
初耳だった。
「王妃さまが亡くなったのは、グレンがスピーチをしていた時だっていうのは……」
「嘘を吐いた。あいつの様子はおかしかった。前後の記憶が曖昧で、抜け落ちていたりする。本当のことを言うと、簡単に壊れそうで、怖かったのもある」
精神的に疲弊していた国王の様子を思い出して、リシュアは胸が痛くなる。
あの時、みんなが泣いていた。涙が出なくとも、心は張り裂けんばかりに泣き叫んでいた。ひとつの大きな陽が沈んだことで、西の国は悲嘆に暮れた。
その中で、ただ呆然としていたグレインを思い出す。あれから彼を苦しませる頭痛の種が芽を出し、彼の様子が、どこか変になっていったのだ。
「目の前で肉親が死んだというショックは分かる。だが――それにしても、変だろう。前におまえが、グレインは魔導干渉を受けているという話をしたな。もしシトラスに対して魔力剥奪なる魔導をかけて殺した者が、その時グレインにも魔導干渉をしていたら」
「おかしくはないね。……ねえ、グレンにはそのことは言ったの? 王妃さまが亡くなった時に、一緒にいたんだってこと」
「言ったが、その直後に例の頭痛で倒れた。リビィの誕生日前に、医務室に運びこまれた時だな。目覚めたときにはもう、俺が言ったことを忘れていた」
「……もし王妃さまが魔力剥奪で亡くなったのなら、魔力剥奪を仕掛けた術者が城内に――さらにいえば、王族のいる私室に、いたということになるね。王子の生誕祭で、警備が厳しくなっていたのに。本当にいたのかな……」
「それを知っているのは、グレインだけだろう」
「本当に知ってるのかな……」
「無意識のうちに、記憶を抑え込んでいるんだ」
「抑え込まれてるのかも」
「……ああ。そういう見解だったな」
国王は椅子の背もたれに身体を預けて、大きく伸びをした。
「もし魔力剥奪でシトラスが死んだのなら、どうしてグレインは無事だったのかも気になる。・・・まあ、これは、シトラスが自然死だったなら説明がつくんだが」
「どっちであってほしい?」
国王の真紅のまなざしが、リシュアをまっすぐに見つめた。
「どっちだっていい。シトラスは死んだんだ」
「じゃあどうして、このことを訊いたの?」
「グレインのあの頭痛や、シトラスを殺したとかいう妄想を何とかしない限りは、あいつは一生苦しみっぱなしだ」
お話は以上、とさっぱり話を切り上げた国王は、退室しようとしたリシュアの背に、思いついたように提案した。
「昔話を聞きたいか」
「昔話?」
「俺と俺の個性的な友人たちについて。俺たちが出会った時のこと、魔導具を貰った時のこと、霧生の乱の時のこと」
「聞きたい」
振り向いたリシュアの目に、穏やかな表情の国王が映った。
「聞きたそうな奴を誘って、明日の夜、城に来てくれ」
リシュアは退室後すぐにグレインとスコルツァにそのことを言い、更には隣の都市でいつも通り薬店を営んでいたカースにも伝えた。セリアには連絡が取れなかったし、取れたとしても人魚である彼女が王城に入れるわけもないので仕方ない。
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