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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第二章( 3 )
リビティア王女の二十四回目の生誕祭は、華やかな盛り上がりの内に終わった。
城下はお祭り騒ぎから解放され、再びいつもの平穏な賑わいを取り戻している。その中をリシュアは、王城からの使者とともに早足で通り抜け、門番兵に軽い会釈をして城内に入り、そのまま迷うこともなく国王執務室の扉をノックした。
「国王陛下。エリクティル国家魔導師がご到着されました」
「入れ。――遣い御苦労、下がっていい」
「かしこまりました」
使者を下がらせ、リシュアだけが室内に入る。
整然としていながら、書類や書籍が溢れかえっていて雑多としか言いようがない、不思議な様相を示す執務室は、いつも通りだった。色んなもので半分埋もれている文机の向こうで、国王がリシュアにどこか適当なところに座るよう指示した。
なので適当な文献の山に目を付けてその上に腰かけると、文机もとい書籍の山から抜け出してきた国王が快活に笑う。
「グレインなんかはいつも、片付けろと呆れた顔をするんだが」
「私の部屋もこんなものです。玄関まで本が溢れかえってますから」
事実だった。リシュアの現在住んでいるところは、城下町の裏路地にある、小屋と呼ぶべきほどの小さな家である。そこに、図書館の一室のごとき量の書物がおさまっているのだ。正直いって、足の踏み場がほとんどない。踏みつけられて困る書物は本棚に入れてあるから、別にいくら踏んでも構わないのだが。
「誰に似たんだか、几帳面なんだよな、あいつは」
「そうですね」
「国家魔導師として呼び付けたとはいえ、半分以上は私的な用事だ。敬語はいらん」
「分かった。用事ってなに?」
「この前、海底都市でチェレシーに会っただろう? あの、人を喰った感じの」
「ああ」
「ウィルニーが、人間族と人魚族の共存する都市だっていうのは知ってるな。彼女はウィルニーの市長でもある。そのウィルニーで昨日、魔導に関する問題が生じた。解決しようにもウィルニーの所属するヴァルディール王国には魔導師の数が少ないし、腕利きの者はほとんどいない」
まるで世界の中枢のように扱われる中央大陸だが、魔導師の数は北西大陸・北東大陸に比べると半数以下である。その理由については明らかになっていないが、中央大陸の大地に眠る魔力がごく僅かしかないというのが現在採用されている仮説である。中にはウィルニーや、エリオンという都市のように、大きな魔力が眠るところもあるのだが、総じて局所的である。
「だからといって、魔導師会に調査を依頼することもできない。できるだけ規模を小さくとどめておきたい。それでチェレシーが俺に――正確にはお前に依頼したんだ」
「そんなに重要なことなの? 何があったの」
「ウィルニーの土地に眠っていた大魔力が、一瞬のうちにすべて失われたそうだ」
リシュアは鮮やかな桃色の双眸を見開いて、国王を見返した。
「詳しいことは向こうについてから聞いてくれ。確かお前と同期で聖魔導師になったあの――エレン・ヒースといったか? 彼もいるから」
「分かった。すぐに用意する。今日の内に出発した方がいいね?」
「できれば」
「その前にグレンに会っていきたい。元気になったの?」
訊くと、国王は何とも判断しにくいような微妙な顔をする。
「会っちゃ駄目?」
「駄目ってことはないさ。・・・そうだお前、自分の母親のこと知ってるか?」
「王様の友達だったんでしょ? それでお父さんにべた惚れして、故郷を棄ててきたとか」
「誰に聞いた?」
国王が笑いながら訊くのでリシュアも笑いながら答える。
「お父さん。だって母親は、私が物心ついた時にはもういなかったし」
「ああ。帰って来ないんだ。法国に行ったきり」
リシュアの笑いが少しの間、凍りつく。
真紅の目でじっと見つめてくる国王に、やがて解凍させた笑みを浮かべてリシュアも見つめ返した。
「別に・・・母親が法族だってことは予想ついてたよ。だって紫や桃色の色彩を持っているのは、法族だけだって言うのを古い文献で読んだもの。お父さんは金髪に緑色の目だったし」
桃色の目が悪戯っぽく笑った。
「お母さんが霧生の乱を起こしたのでない限り、私はどうとも思わない」
「サラはあの乱に関係ないさ」
むきになるように国王が言った。
「まあ、大したことでもないが知ってることはグレインに話した。あいつに聞いてみるといい」
「うん」
「ただ――シトラスのことは訊かないでやってくれ」
**
「おばあさま! あっちにも具合悪くなった人が結構いるみたい」
「手が足りないな」
孫娘の報告に、人魚の長チェレシーは舌打ちをした。
ウィルニーの土地には、強い水の魔力が眠っていた。大地や植物など自然界のものには、その量は異なれど総じて魔力が眠っている。水上都市と呼ばれるウィルニーの大地――半分は海扱いなのだが――に眠る魔力は、平均値よりも大きかった。
魔力のある大地に根ざせば、生物は自然とその魔力と癒着していくようになる。ウィルニーに住んでいた者たちは、癒着していた魔力が一瞬にして無くなったために、体調不良を訴える者が数多く出ていた。
そこで、水の魔力を多く有する人魚たちが回復役にまわっているのだが、圧倒的にその数が足りない。ウィルニーには水の魔力によって保たれている建築物や施設が数多くあるし、水力エネルギーで人々は生活している。ライフラインを保つために、そちらの方にも手を回さなければならなかったからだ。それに無論、海底都市を放っておくわけにもいかない。
「あたしも手伝いに行ってくるよ」
「待て、セリア。その前にやってほしいことがある。この事態は明らかにおかしい。知り合いの腕利きの魔導師たちに救援要請をしたから、明日には来るだろう。だがその前に、ウィルニー中を調べ回って、異変を探しだしてくれ」
「異変?」
「魔導師たちの参考になるようなことがあればいいのだが」
「――分かったよ。なにか気になることがあったら、報告するね」
「頼んだぞ」
水路に飛び込んで流れるように泳いでいく孫娘の真珠色の髪を見送り、チェレシーは空を仰ぐ。
空の青さと海の蒼さは異なるものだ。どちらも美しい。けれど魔力を失ってしまったこのウィルニー近辺の海には、かつての美しさが見られない。自然は強いから、そのうち回復はするだろうけれど。
(魔力が一瞬で消え去るなど・・・魔力の余韻も残さず・・・)
――人形のように海底に沈んでいく娘の姿が瞼に浮かぶ。
それを振り切るようにして、チェレシーは水路へ飛び込んだ。やるべきことをやらねばならない。まずはこの都市の混乱を取り除く――考えるのは、それからだ。
セリアは水路を泳ぎながら、目を凝らし、意識を研ぎ澄まして異変を探した。
けれど、異変というならウィルニー全部がおかしい。調査に来る魔導師たちの参考になるようなものがありそうにもなかった。
その間にもセリアの目には、吐き気を催してうずくまっている人や、ぐったりしている親を心配する子どもの姿が入ってくる。いてもたってもいられなくなって、少しだけ――と思い水面に顔を出した。夫婦のような恋人同士のような、とりあえず一組の男女が地べたに座っているところへ行く。
「大丈夫?」
声をかけると、青年の方が振り向いた。
一目見てただ者ではないと分かる、鋭くて透明な眼差し。鼻筋のすっと通った端正な顔立ちの若者で、なにか人前に出る仕事をやっていそうな感じだった。しかし、傍らの娘を抱きかかえている手の甲には古傷のようなものがたくさんある。
「あたし、救援活動をしているの。そのひと、具合悪いんでしょう? あたし治せると思う」
「――いいえ」
返事をしたのは娘の方だった。
青年よりいくらか若く見える。もしかしたらセリアと同い年くらいなのかもしれない。睫毛が長く、吸い込まれそうなほど深い目をしている。薄茶色のゆるく波打つ髪から、尖った耳の先端が覗いている。
(エルフだ。珍しいな)
珍しいも何も、実際に見たのは初めてだった。
彼女の手は真っ白で綺麗だが、よく見るとやはり古傷のようなものがたくさんある。
この二人は何者だろう。
「気にしないで」
「でも・・・みんなちょっと、ある理由で具合が悪くなっているの。あなたもそうなのかも」
「平気。具合が悪いのはそうではないの」
その娘はウィルニーの異変について感づいているようだった。魔導師なのかもしれないとセリアは思ったが、それにしてはその身にまとう魔力が異常なほど少ない。普通の人間でも、これほど僅かな魔力しか持たない者はないだろう。
もしくは、傍らの青年が纏う魔力が膨大すぎて、分からなくなっているのかもしれないが。
そう、異様に膨大な魔力だ。魔導具か何かで押さえつけ、隠してはいるのだろうが、それでもそれなりに腕利きの魔導師だと自負しているセリアには隠しきれない。本当に何者なのだろう?
「でも、魔力が足りないんじゃないの?」
「いいの、大丈夫。休めばよくなるの。平気よ、ありがとう」
そう言って娘は微笑んでみせたが依然として顔色は悪い。
不安がるセリアに、青年の方が、海風になびく金髪を払いのけて問いかける。
「随分と急いでいたようだけど、用事の方は大丈夫?」
彼は話しぶりが落ち着いていて大人っぽかった。見た目は二十歳を少し超えたくらいに見えるのだが、意外と年上なのかもしれないと思う。
「用事っていうか――あたし、異変の原因を探しているの。そのひとが魔導師のようだし気付いてるみたいだから言っちゃうけど、ウィルニーの土地の魔力がなくなっちゃったの」
「そう・・・」
二人とも動揺しないところを見ると、やはり気付いていたのだろう。
「嫌な予感がするの。ひと月くらい前にも、あやしい人たちがウィルニーに来たし」
「あやしい人たち?」
「黒い服を着た集団とか、見かけなかった? もしかしたらまたあいつらの仕業かも・・・」
「死神?」
青年のほうが驚いたように言った。声色こそ冷静だが、その剣幕にセリアは驚く。
それに、なぜ知っているのか。
「そう――あたしのおばあさまはそう言ってた。でも、死神なんて、どうして知ってるの?」
法族については謎の部分が多く、珍しい文献でしか読めないと祖母やグレインから聞いていたからだ。セリアはひと月前の噴水広場での出来事で、その存在をはじめて知った。
青年はその問いには答えず、なおも彼女に問いかけた。
「いつのこと? ――君はその集団をどうして知ったのかな」
「あの・・・」
「とても大事なことなんだ」
「話してもらえないかしら」
娘の方からも頼まれる。二人の眼差しに気圧されて、セリアは簡潔にだが答えることにした。
ひと月前、セインレドから来た客人たちと共に巻き込まれた深夜の戦い。
「何も奪われず、怪我もしなかったんだね?」
「かすり傷くらいならしたけど」
「よかった」
心底安堵したような口調に、セリアは首をかしげる。
優しいから心配してくれたのだろうか? それにしては少し違うような気もする。
「遅れを取ったことにはならないのかな・・・とりあえず、よかった。その時は何もなくて」
「遅れを取る?」
「名前はなんて言うの?」
このひとは質問に答えてくれない、と思いながら、セリアは名乗る。
「きれいな名前だ。・・・セリア、この騒ぎは法族によるものではないよ」
「どうして分かるの?」
「悪意もない。それから法族はもう二度とウィルニーには来ないだろう」
「あたしの質問に答えてほしいな」
「リシュアたちとは連絡が取れる?」
「・・・。連絡先を教えてもらったから取れるけど――」
数瞬遅れてセリアは気付く。自分は彼らに、リシュアたちの名前を出していない。
セインレドからの客人、と言っただけだ。
「何者なの?」
そっと距離を置くセリアに、困ったように青年は笑う。
「怖がらないで。俺は君たちに危害を加える者じゃない。彼らに伝えて欲しいことがあるんだ」
「知り合いなら自分で言った方がいいよ」
「言えない。彼らに会うわけにはいかないんだ。時間もないし余裕もない。仕事が終わるまでは」
「仕事って?」
やはり青年はセリアの質問に答えてくれなかった。
そして少し早口に伝言を終えると、先ほどよりは少しだけ顔色が良くなったように見える娘を連れて立ち上がる。
「どこに行くの?」
「他の具合悪い人たちのところへ行って、助けてあげてくれ」
二人はアンゼリカへ出る観光船の方へ歩いていく。セリアはその背中を慌てて呼びとめた。
「待って! 名前――名前を言わなきゃ、誰からの伝言か分からないでしょ」
振り向いた青年は目を丸くして、それもそうだな、と呟く。どこか幼い仕草で。
「フレイス・エリクティル」
「エリクティル?」
「さよなら、平和な時にまた会えたらいいね」
海風に逆らうように歩いて行き、やがてその二人は遠ざかって見えなくなった。
「行かなきゃ・・・セインレドに」
セリアも、リシュアの失踪した兄の名前は知っている。
祖母にただ一言セインレドへ行くと告げて、彼女はウィルニーの水路から蒼海へと飛び出した。
**
セインレド王国は、世界の北西端にあるという位置柄、北と西側を死海によって閉ざされてはいるが、北西大陸の岬のように突き出た部分にあるため、国領の南側では、かろうじて穏やかで美しい蒼海ともつながっている。
リシュアは、王族・国家任務専用港の堤防から、青く揺らめく蒼海を見下ろしていた。
とにかく嫌な感じがする。ウィルニーから帰国して以来、グレインの頭痛が頻繁に起こること。スコルツァのピアスが時折きらりと光ること――しかも彼は気付く様子がない――その他諸々。夢見が悪いとか、ご飯があまり美味しくないとか、かなり個人的な理由も含めているけれど。
そのうえ、ウィルニーでの奇妙な異変。
(魔力剥奪ってことで間違いないのかな)
国王の執務室を辞したあと、予定通りグレインに会った。
再びウィルニーに行くことになったと告げると彼は心配そうな表情をした。しかし異変について話すと、知的好奇心の旺盛な彼は興味をひかれたようだった。
『そんなことがあり得るのか? 自然に起こるのかという意味だけど』
『まさか。・・・といっても自然現象としての前例がないだけだから否定要素としては薄いのかなあ。でも自然に起こるっていうのは考えにくいよ。それよりは、魔力剥奪によって起こったと考えた方が――』
リシュアはそこで言葉を止めた。グレインの様子が激変したからだ。
瞳孔が徐々に開いていき、薄く開いた唇が聞き取れないほどの声で何かを呟く。指先が痙攣したかと思うと、いつも頭痛に悩まされている時のように、眉間に皺を寄せて目を閉じた。
ねえ、どうしたのと聞きたくても声が出てこない。
グレインが元通りの落ち着いた表情になるまで、そう時間はかからなかった。しかし、リシュアの感じた言いようもない恐怖のようなものは、なかなかおさまらない。
確信にも似た恐怖。
――グレンがおかしくなっていく。
『ねえ、どう、したの』
掠れた声でたどたどしく訊ねると、彼は目を丸くしてリシュアを見つめ返した。
いつもと変わらない、理知的な、少しだけ翳りのある赤い瞳で。
『何がだ?』
そしてグレインは、今までの会話をすべて忘れてしまったかのように、ウィルニーにはいつ行くのかなどの質問をしたり、やたら呑気な話題で話し始めた。
本当に忘れてしまったのかどうか、リシュアには分からない。確かめるのも怖かった。ただ、そのときのグレインの様子にはもう、何もおかしいところは無かった。
(ねえ、どうしちゃったの)
母親を亡くした頃から、頭痛とか、例の変な強迫観念といったものが彼を蝕んだ。彼は特に、母親を溺愛しているといった様子はなかったように思う。他の姉妹ふたりと同じように愛してはいたが、依存してはいなかったはずだ。それが、母親を亡くして、彼だけがあんなに変わった。
(どうしたらいいの)
水面に映る歪んだ自分の顔に問いかける。
八年前に父を亡くし、兄が失踪して、独りきりになったリシュアを暗闇の沼から掬いあげてくれたのは誰でもないグレインだ。だから今度は、彼がわけもわからないものに引きずり込まれていきそうならば、何としてでも掬いあげたいとリシュアは思っている。
(グレンを引きずりこもうとしてるのは、何なの)
答をはぐらかすように、ゆらゆらと水面が揺れる。
自分が乗る予定の魔導船から人の声がして、もう出港かとリシュアは息を吐いて立ち上がる。――が、少し違うのだと気付いたのは、船に近付いてからだった。
「伝言を預かって来たの。ねえお願い、三人のうちの誰かに会わせて!」
「あのねお嬢さん、伝言といったって・・・その人はもう八年前に――」
水面に向かって困ったように話している船員の肩越しに、リシュアは顔を出した。
真珠色の髪の人魚が、身ぶり手ぶりを交えながら必死に話している。
「やっぱり、どっかで聞いた声だと思ったら」
「リシュアだ! やったー!!」
大袈裟といっても過言でないくらいオーバーに再会を喜んだセリアは、ちょうどリシュアの背丈くらいの大波を作ると、ふわりとその上に乗って目線を合わせた。
「彼女と知り合いなのかい? リシュアちゃん」
「この前、王子たちと一緒にウィルニーへ行った時にお世話になったのよ。で、一体何を騒いでたの? ねえセリア、私今からウィルニーへ行くところなんだけど。なんかおかしくなったんだってね」
「そう、そうなの。おかしいのよ。でも来たのはそれが用事じゃなくて、伝言預かって来たの」
「誰から?」
「それがな、リシュアちゃん。・・・フレイスさんからだって言うんだよ」
目を丸くしてセリアを見つめると、彼女は必死にうんうんと頷く。
「フレイス・エリクティルって確かに言ってたよ。金髪で、目の色もリシュアに少し似てる男の人。年はその騎士さんより少し年下っぽい感じで――ううん、見た目だけかな? 話し方は大人っぽかったし」
「・・・・・・死んでるはずないとは、思ってたけど」
リシュアはぽつりと呟く。
フレイスの失踪のこと、その後しばらく傷付いていたリシュアのことを知っているその船員は、心配そうに彼女を見た。リシュアは動揺のようなものをすばやくおさめると、先を促す。
「で、彼はなんて言ってたの?」
リシュア。
力ある同業者に――要するに魔力の多い者にだが――警戒するよう伝えて欲しい。
ウィルニーでの出来事に法族は関与していない。
身体に気を付けて過ごすように。
グレイン殿下。
王妃さまの形見の魔導具を手放さぬように。
今はまだ無力でも、やがてあなたを守る力になります。
スコルツァ氏。
その魔導具を死海の底に棄ててしまえば、あなたが巻き込まれることはなくなる。
戯言だと笑うだろうが、その選択肢だけは覚えておくように。
あの乱とその前後に何が起こったのかをやっと把握するに至った。
不穏な出来事はきっと続く。でも、心配しないように。
必ず役目を果たしてみせるから。
「リーアはウィルニーに行ったの?」
「ああ。セリアも同行して、魔導船で」
リシュアが乱雑な字で書きつけたフレイスの伝言内容を再び読み返す。
グレインが騎士のひとりに呼ばれて、スコルツァと共に港に駆け付けた時には、もう船は出港していた。その代わりにメモをもらったのだ。
フレイスが生きているというニュースは城下に広まり、活気と困惑に包まれていた。八年前のことで興味が薄い人もいるが、当時十四歳にして異様な強さを誇った少年騎士のことは有名であった。
「びっくりしてたね、みんな」
「驚くさ。スークは会ったことがなかったな。フレイスに」
「いなくなった後だからね、僕が目覚めたの。向こうは僕のこと知ってたみたいだけど」
「姿を消した後も、こっちの動向は探ってたんだろうな」
正直グレインは驚きがまだ残っていて、あまり頭が回転しない。
「エルフの女性と一緒だと言ってた」
「エルフ?」
「薄茶色の髪の綺麗な娘さん、だそうだ。・・・きょうだいで髪色が違うことくらい、よくあるな」
「カースのこと?」
「父さんから聞いた話だが、姉がいるそうだ」
そう言って考え込むグレインの横顔を、スコルツァはじっと見つめる。
スコルツァも、リシュアもカースも、吸い寄せられるようにしてセインレドへ集まってきた。
同じように。
同じように別の場所でも、吸い寄せられるように何かが集まっているのだろうか。
「リーアが帰ってきたら、カースとディルハーツのところに行かないとね」
数瞬遅れてから、グレインはゆっくりと目線だけを彼に向ける。それ自体はいつもの動作。
けれどスコルツァは見た。
グレインのその血の色をした双眸の奥に。どろり、蠢く――
(――誰だ)
眼球が岩になったかのように、目が離せない。
知っている。
僕はおまえを知っている。
(思い出せない)
レイツの眼の奥に棲む、おまえは、誰だ。
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