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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第一章( 7 )
アンゼリカでの長い一日が終わり、港の中心街にある宿で三人は夜を明かした。
他のふたりがどう過ごしたのかは知らないが、グレインは何も考えずに眠った。いつもより少し遅く起きて朝食をとり、夕方まで観光などで時間を潰した後、水上都市ウィルニー行きの観光船に乗った。
「ウィルニー行きで出てる船は全部、観光船なんだね」
乗ってきたセインレドの魔導船とはまた違った風情の船にスコルツァは楽しそうだ。
「ウィルニーは、経済的にもヴァルディール王国を支えてる観光地だからな。それに水上都市というだけあって基本的には街中でも船で移動することが多い」
世界の西端に位置するセインレドに比べれば眩しくない落陽を見つめながら、地理に詳しいグレインが答えた。会話しているふたりの間にいるリシュアは、先ほどから虚脱した表情で手すりにつかまっている。
考えることがたくさんあって眠れなかったのだろう。考えたって分からなくてきりのないことばかりなのだが。
『まもなくウィルニー正門を通過します』
「リシュア、もう着くからしゃんとしろ」
「うー」
「――?」
スコルツァがふと水面に目をおとした。
水中できらきらと白く光っていたそれは、ふわっと勢いよく水上へ姿を現した。水流を高く巻き上げて高波が作られ、その上に。
「やっぱり、スコルツァだ!」
「また会ったね。セリア」
珍しい真珠色の髪をした人魚を、グレインとリシュアはじっと見た。
ぱっちりと大きな目は明るい蒼色で、肌は白く、下半身のうろこは青銀色に輝いている。
観光船に乗っている客たちから「人魚だ」「かわいー」などと拍手されたり物珍しげに見られて、セリアは彼らに愛嬌のある笑顔で手を振った。
「あたし、用事があってウィルニーにいたんだけどね、船を見てたらスコルツァを見つけたから来ちゃった。このひとたちは、一昨日言ってたスコルツァの大切なひとたち?」
「そうだよ。こっちがレイツでこっちがリーア。でも僕以外はそうやって呼んじゃ駄目だよ」
「うん、わかった。じゃあ勝手に名前決めていい?」
このふたりはボケ倒すばっかりでツッコミがないなと思いながら、グレインは目の前の人魚を警戒している人見知りの少女の分も自己紹介する。
「俺はグレイン。こっちはリシュア。俺は好きに呼んでくれて構わない――俺たちはセインレド王国から来た。おそらくあなたのご祖母の客なんだが」
「そうなの? ――あ、もう噴水広場に着くね。せっかくだし、船に乗ってる皆さんにサービスで!」
最後の方は、彼女を遠くから眺めていた観光客の人々に言って、セリアはひらりと大波から飛び降りて水に潜った。
何が起こるかと興味深そうな人々の頭上に、突然きらりと光る水のアーチが幾重にも掛かる。
「ようこそ、水の都ウィルニーへ! ゆっくりしていってね!」
水の架橋が、落陽に照らされた黄金色のなかで虹のように光る。
人々から大きな歓声が上がった。
噴水広場に着いてから完全に暗くなるまでの間に、改めて四人は自己紹介をした。
セリアは、グレインが王子だと知ると目を丸くして驚き、リシュアが聖魔導師の称号を持つ高位魔導師だと知ると素直に手を叩いて称賛し、スコルツァがもう言うことないと肩をすくめると声を上げて笑った。
本当に感情豊かな性格らしい。
また、セリアがあまりにも人懐こく話しかけるので、リシュアもちょっと慣れた様子で会話をするようになっていた。
「えーと、もう暗くなったね。これから人魚の海底都市シェルに行って、あたしのおばあさまに会います」
「どうやって行くの?」
「魔導で作った泡でみんなを包んで海底におりて行くんだよ。あたしも完璧に作れるつもりだけど、もしあたしの魔導が心配なら、リシュアが作ってもいいよ」
「専門に任せる」
「じゃ、まかされるね」
噴水広場の中でも最も大きな噴水が、人魚の都市へ繋がっているらしい。
近づくように言われ、三人がセリアの傍へ行くと、彼女は飛沫を上げている噴水を少し見上げて、それに手をかざした。
「う、わっ」
「いきなり!?」
「おー」
ちなみに上から順にグレイン、リシュア、スコルツァの悲鳴(約一名は違うが)である。
三人が驚くほど唐突にセリアは噴水を巻き上げ、三人の体をがばっと水で包み込んだ。
視界が白い渦で包まれる。
きれいだ、とグレインは見とれ、なかなかの魔導の使い手だ、とリシュアは感心し、スコルツァは。
(前にもこんな風になったことがある)
と、自分を包み込む水の感触に何かを思い出しそうになっていた。
――けれど、思い出せない。
***
三人は海底都市というものを初めて見た。
本当に水の中に建築物(地上のものとは大きく違うが)があって、人魚たちが楽しそうに往来している。
光る小さな魚が群れをなして泳いでおり、ところどころの岩などには淡く光る水晶が生えていて、夜の水中だというのになんだか明るい。
人魚たちのほとんどは、髪や眼の色が蒼いが、たまにセリアのように真珠色だったり、緑色に近いような珍しい色を持つ者も見かけた。
全員女性のような姿をしているが、人魚族というのは生態的には中性であるため、恋愛という概念がよく分かっていないと云われている。
けれどセリアを見ていれば、ひとを好きになったりする気持ちは普通にあるのだと分かる。
「ここが人魚の第五都市、シェルだよ」
「綺麗な場所だ」
「うふふ、ありがとう」
嬉しそうに言いながら、セリアが三人を先導して泳いでいく。
三人は気泡のようなものに包まれてふわふわ浮いているが、それでも意図した方向に自在にそれを操ることができるため、特に不自由は感じなかった。
「セリア、その人たち、上の人?」
「そう。おばあさまのお客様だから、みんなよろしくね」
人魚たちは珍しく海底に導かれた客人を、興味深そうに眺めてくる。
ウィルニーで人間と共存しているほどなので人間族などの地上の生物(彼女たちは上の人、というらしい)は割と見慣れている者が多いらしいが、中にはずっと海底にいる人魚もいるから見慣れない者もいる、とセリアが説明してくれた。
やがて海底に降り立つ。
地面があると、グレインたちも普通に歩けるようになった。
リシュアが遥か頭上の水面を見上げて呟く。
「海底ってもっと暗いところだと思ってた」
「朝とかお昼は、太陽の光を思いっきり吸い込むから、もっと明るいよ」
段々と人魚たちの姿がまばらになってきた頃、セリアが進むのを止めた。
目の前に、大きな真っ白い貝殻がある。
「ここが、おばあさまのいるところだよ」
「貝殻の中にいるの?」
「そう。落ち着くんだって」
四人の到着を予期していたように、貝殻がゆっくりと口を開いた。
煌びやかな光る魚たちをはべらせた、人魚の長がそこにいた。
「来たな。待ってたぞ」
セリアの祖母というにはあまりに若い姿だ。
薄い蒼色の短い髪、真っ青な眼をした妖艶な姿の人魚。
――そういえば人魚は死ぬまで姿が老いない、エルフと同じ特徴を持った種族だったな。
そんなことを思い出しながら、グレインが進み出て礼をする。
「セインレド王国より参りました。グレイン=ハーツと申します」
「似てるが、あれよりも生真面目そうだな」
「は?」
彼女は唇の端をつり上げて笑った。
「おまえの親父にさ」
「父に、ですか?」
知り合いなのか?
グレインが疑問符を浮かべるのをおもしろそうに眺めて、彼女はなおも笑う。
「人魚族の長、チェレシーだ。畏まることはない、あたしも畏まらないからな。――さ、おいで」
(・・・変わった人なのね)
(みたいだね)
リシュアとスコルツァの小声の会話が聞こえたのか、そばでセリアがくすっと笑った。
ノゼリアにあった社と同じようなものが、シェルにもあった。
中にも同じようにグレインの持っている剣と同じようなものが安置されているのではと思ったが、そこには何もなかった。
チェレシーは、スコルツァに加工したいものを出すようにと言った。
「なんだ。耳にしているのか。指輪だと聞いたのに」
「指にしていると目立って狙われるから」
「吸血鬼にしてみれば、喉から手が出るほど欲しいよな、それは」
指輪を受け取ると、彼女はしばらくそれを手でもてあそんでいたが、やがて社の中へ入って行った。
その中から声がする。
「夜が明ける前には加工しておく。耳にしているのなら、耳飾りでいいな、スコルツァ?」
「うん」
「できたら届けに行く。セリア、ウィルニーまで送り届けてくれ」
「はあい」
「もう行くの?」
スコルツァが寄ってきた光る魚(この光はスコルツァに害をなさないようだ)と戯れながら言うと、セリアも残念そうに肯いた。
「魔導で息ができるし軽減されてるとはいえ、水圧とかあるでしょ。知らずの内に身体に害を与えるから、上の人は海底に長時間いられないのよ。――さ、浮上するよー」
淡い光が三人を包み込んだ。
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