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S a c r i f i c e / サ ク リ フ ァ イ ス
第一章( 6 )
グレインの持つ装飾剣は、三年前に母親がくれた贈り物だ。遺品になってしまったが。
穏やかで血なまぐさいことの嫌いな母が、どうして剣というものを息子に贈ることを決めたのか、そもそも見慣れない紋様の刻まれた美しい装飾剣をどのように手に入れたのか、考え始めれば疑問なんてものはたくさんあったけれど、もらったその日の夜に母が死んでしまってすべて吹き飛んだ。
リシュアは姉妹と同じくらい目を真っ赤に泣き腫らしていたし、スコルツァは呆然としている自分の代わりに、そんな姉妹やリシュアをただ無言で抱きしめて、手を握ってくれていた。
グレインは自分がどうしていたか、よく覚えていない。
もらったばかりの剣を握って、ただじっとしていたような気がする。
その頃からもう、頭は痛み始めていたし、自分が母を殺したのだという訳の分からない強迫観念にとらわれ始めてもいた。
「リシュアちゃん、その魔導具の柄のところを両手で握って持ち上げてください」
困惑や感傷をすべて吹き飛ばすような声で、フィマが指示をした。
ちいさく、鈴の鳴るような音がして、次いでリシュアの少し震えた声が聞こえる。
「持ちあげたわ」
「重くはないはずです。加護の祝詞が終わるまで、そのまま目を閉じて瞑想してください」
***
『母さんが死んだって?』
三年前の誕生日。
国民たちの前でスピーチを終えて戻ってきたグレインを迎えたのは王族お抱えの医師の沈痛な面持ちと、突然すぎる悲報だった。
姉リビティアのすすり泣きと、妹プリムローズの絶叫と、父グラントの長く吐き出した息。
追い詰められるように、頭が痛くなった。
見える。
聞こえる。
瞳孔をひらかせて、小さく口を開けたまま崩れていく母の姿。
口笛のようにか細く響く高い音。
『おまえが殺した』
母ではない女の声。
『おまえが殺したのだ』
『母を手にかけるとは、なんたる親不孝者よ』
『呪いは消えない。恨みは晴れない。おまえが生きている限り』
声はそれきりしなくなった。
それでも頭の中に刻み込まれたそれは事あるごとにグレインを苛むし、ひどい頭痛が、まるでグレインの頭に忘れるなと釘をさしているようだ。
母さんは俺が殺した。
そんなはずがないと分かっているのに、この思いから逃れることができない。
俺は、
――べし。
「・・・・・・は」
「起きたね」
冷涼な目元を不機嫌そうに細めたスコルツァが、ものっすごい近い位置に立っていた。
お前、顔近いから。
とかいう突っ込みもできないままグレインが呆然としていると、スコルツァはもう一度、べし、とグレインの左側の頬を軽く叩いた。さっきの衝撃はこれらしい。
「白昼夢ってやつ? リーアの加護はもう終わったよ」
「・・・マジか」
「マジだよ」
視界いっぱいに入っていたスコルツァが避けると、社の階段を降りてきたリシュアと目が合う。
その瞬間、思いっきりしかめっ面をされた。
「なんだその表情は。傷つくぞ」
「もう傷ついたような顔して何言ってんの。グレンのばか」
リシュアもスコルツァも、自分が傷つくことに対して敏感だ。
よほど心配されるような表情をしていたのかと、グレインは自分を戒めるように目を閉じる。
幻影は見えない。
頭痛も今はしない。
目を開けると、相変わらず真っ白なノゼリアの街並が広がっている。
「――スーク、ありがとう」
過去の悪夢から連れ戻してくれた友人に礼を言って、グレインはフィマを見た。
皺の薄い、影のない老婆。
髪も眼も薄い紫色という、なかなか見慣れない色彩の持ち主。
「社の魔導具を拝見したい。もう加護は終わったのだし、いいでしょう?」
強い口調で言うグレインに、老婆は静かに頷いた。
「どうぞ。しかし触れることはできませんし、時間もありませんから、お気を付けて」
「時間がない・・・やっぱりあなた」
リシュアが老婆をじっと見る。
そちらも気になったが、それ以上に、母の贈り物とよく似た魔導具を見たくて、グレインは小さな社に足を踏み入れた。
真っ白な空間に台座があり、その上に、装飾剣が置いてあった。
不思議な文様。
白い刀身。
柄の部分には宝石。
グレインの持つ装飾剣の宝石の色は緑色で、社に安置されている装飾剣の宝石の色が真紅なのを除けば、二つの剣はあまりにも似ていた。――同じといって過言ではない。
「同じだね」
斜め後ろにいたスコルツァもそう呟く。
「あのおばあさんに聞いてみない?」
「・・・そうだな。時間がないとか、気になることを言ってたが」
社を出ると、向かい合っていたリシュアと老婆が、二人を見上げた。
リシュアが言う。
「私の加護が終わったから、もうこの都市は閉じるんだって」
「閉じる?」
「再び社を守るために、閉鎖するのです。元々、この社を守るためにつくられた都市ですから。・・・気になることはおありでしょうけれど、アンゼリカに戻ってからお話しましょう」
老婆は再び腕をまくり、ワープゲート契約の紋章を天にかざした。
「行きます」
青い光が四人を照らす。
老婆の姿が、透けて見えた。
***
灯台奥の部屋は真っ暗だった。
白い都市からいきなり移動したので、グレインもリシュアも、何も見えずに立ち往生する。
「何も見えないね・・・」
「レイツ、リーア、手」
吸血鬼であるスコルツァだけは、まったく問題なく見えるらしい。
しかし、手、と言われてもどこにスコルツァの手があるのかすら分からない。そう思っていると、勝手に冷たい手がグレインとリシュアの手を引いて、三人はフィマの後についてさくさくと進んでいった。
「今頃、外は夜でしょうから、このまま外に出ても眩しくはありません。ご安心くださいね」
と言いながら、フィマが蝋燭の火をともして、再び四人は出会った時のように机をはさんで向かい合う。
火に照らされた老婆は影がないどころか、先ほどのように、なぜか透けて見えた。
「グレイン殿下は、あの魔導具の剣についてお聞きになりたいのでしょうね」
「確認してみましたが、限りなく似ていた。宝玉の色の違いだけでした」
「今は魔力を失ってしまっていますが、あなたの持つその剣もまた魔導具です。ある魔女によってつくられた九つのうちの一つで、あの社にあるものと性質は違いますが創造者は同じです。・・・スコルツァ君の、耳に通しているようですが、その指輪もまた」
「レイツの剣と同じ創造者ってこと?」
「ええ。同じ魔女がつくったものです」
「というか、魔女って」
リシュアもまた自分の疑問を挟む。
「魔導師の女の、比喩的な表現?」
「いいえ。聖魔導師という称号をお持ちなら、リシュアちゃんも知っているでしょうね。法族の女のことです――ああ、グレイン殿下もご存知でしたか」
「文献で。・・・一般にはあまり知られていない種族のようですが」
法族というのは、世界の主要種族の一つである。
総人口は不明。その住処は、生き物の住めない海『死海』の向こう――『世界の果て』に存在。
女性優位の社会を持つ彼女らは、魔導を巧みに操る魔導集団である。
法族の女は魔女、男は死神と称される。
これが、グレインの読んだ古代の文献に記されていたことである。
リシュアも別の場所で同じものを読んだのであろう。何しろ、法族に関する文献はその古代文献一つにしかないと言われているからだ。
グレインは、王家の書庫でそれを読んだ。
リシュアも魔導中枢院の、高位魔導師専門の図書館で読んだという。
「どっちにしろ、一般の人には読めない文献に書いてあったんだね」
「ああ。・・・あなたはどこで法族を知ったのですか?」
「元から知っていました」
蝋燭のゆらめく火の向こうで、彼女は笑った。
「わたしも法族の女、魔女ですから」
「!」
グレインとリシュアは驚き、スコルツァは興味深そうにフィマを見た。
リシュアが驚いているのを見て、フィマも少し目を見開く。
「もしかしたら感づいておられたのかと思いましたが」
「精巧な人形(パペット)の一種だと思ったの。影がないのに魔力はあるから」
「なるほど。人魚族が主に使役する人形と、同じような特徴ですね。言われてみれば」
「法族に影はないの?」
スコルツァの問いに、彼女はいいえと首を振る。
「元来、法族というのは『果て』以外では長く生きていられません。『果て』には特殊な魔力が満ちていますが、こちらにはそれがありませんから。・・・わたしは『果て』から出てきて以来、主人である魔女から魔力を分け与えられて生きていました。しかしその主が亡くなってしまい、魔力が枯渇しているのです。じきに消えるでしょう」
「私、あなたを助けてあげられるかもしれない」
「いいえ」
静かだが強い口調で、老魔女はリシュアの申し出を断った。
かなしそうな目で彼女を見る。
「八年前に主を亡くしたわたしは、共に果てる気でおりました。・・・しかしそれを、願いがあるから聞いてくれないかと、シトラス王妃さま――グレイン殿下の御母上が、お止めになったのです。いつか来る災厄のために、子どもたちの助けとなってくれないかと。そうして魔力をわたしに分け与え、霧生の乱から八年後の今まで、わたしを生かしてくださいました」
「しかし母は三年前に亡くなりましたが」
「有り余るほどの魔力を残しておいてくださったのですよ。わたしの・・・わたしなんかのために」
そこでフィマは痛々しげに顔をゆがめた。
グレインが問いかける。
「あなたは母の死因について、何かご存知なのですか?」
「いいえ、知りません。・・・わたしはずっと、ほとんど誰とも連絡をとらずに、ルネと一緒に人里離れたところで暮らしていましたから」
「あのルネというひとも、魔女なの?」
今度はスコルツァが訊ねた。
フィマは一瞬だけ逡巡したように見えたが、首を振って、顔を上げた。
「あの子は人間族です。母親はわたしの知り合いの魔女でしたが、あの子は父の連れ子で、魔女との血のつながりはありません。・・・両親が殺されてから、わたしが母親の魔女の願いで引き取って育てたのです」
「殺された?」
「ええ。――吸血鬼に」
スコルツァは一瞬目を見開いたが、すぐに――本当に少しだけ、笑った。
「そうか。それで見覚えがあったんだ。・・・あのひとの親は、ハウラが殺したから」
ハウラというのは、スコルツァの叔父の名だ。
八年前、霧生の乱が終わった直後にセインレドに到着し、スコルツァを国王夫妻に託すと、そのまま陽光アレルギーで灰になって死んだ、スコルツァと同じ『吸血を好まない吸血鬼』だった。
スコルツァを託したことからも分かる通り、グレインの両親とはなぜか知り合いだったらしい。詳しくは両親ともに話さなかったが、ハウラというその吸血鬼は、異端扱いされ、北東大陸の或る樹海に存在する吸血鬼の住処を甥のスコルツァと共に出てきたのだという。
「スーク?」
「僕も今思い出したばかりで、それ以外のことははっきり分からないけど。それより」
段々と透けてきているフィマを見て、スコルツァは頭を下げた。
「リーアに加護を施してくれてありがとう。・・・僕たちはもう行こう。グランデさんは、あのひとにも、お別れを告げたいだろうし」
「突然わたしが消えていたら、ルネも驚くでしょうから。あなたたちには関係ないと、変な誤解は残しておかないようにいたします」
「・・・本当に感謝します」
グレインの横で、リシュアも頭を下げた。
立ち上がった三人を、フィマは優しい眼差しで送り出す。
「希望と共に生きていってください。たとえ、どんな悲劇が降りかかったとしても」
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