S a c r i f i c e  /  サ ク リ フ ァ イ ス
第一章( 3 )


 セインレド王国の城下都市アイベルオールには小規模ながら港があり、そこは防衛上の問題から他国船の入港は不可能だが、無論セインレドの船ならば入出港が可能である。
 王妃の手紙を読んだ二日後のこと、人魚族の長チェレシーからの短い了承の旨とグランデ魔導師からの返信を受け取って、グレインたちは中央大陸に向かう魔導船に乗り込んだ。
 日程はこうだ。
 まず、ヴァルディール王国にあるアンゼリカという港町に行き、そこの灯台でグランデ魔導師に会いノゼリアまで案内してもらう。そこでリシュアが加護を受けた後またアンゼリカに戻り、翌日の夜そこから出ている航路で、同じヴァルディール国内にある水上都市ウィルニーで人魚族の族長チェレシーと会う。
「僕、船に乗るの初めてだ」
 スコルツァが水面を眩しそうに眺めながら言った。
「そうなの? でもルツァ、北東大陸から渡ってきたんでしょ」
「その時のことあまり覚えてないんだ。思い出せる限りはこれが初めて」
「魔導船だと結構気持ち良いよ。普通の船だと酔う場合もあるけど」
 のんびりと会話するリシュアとスコルツァの横で、グレインは瞼を閉じていた。
 眉間に皺が寄るのを抑えられない。
 頭が痛い。
「休んだら?」
 スコルツァの言葉で我にかえった。
「アンゼリカに着くまで休みなよ」
「・・・ああ、そうだな。そうする」
「ご飯は部屋に持って行ってもらうからね」
 スコルツァに礼を言って、グレインは船室に下りて行った。
 それを見届けてから、ふたりはまた他愛もない会話に戻る。
「ルツァは人魚、見たことある?」


***


 夜も更けた。
 じきに満ちるだろう金色の月を眺めながら、スコルツァは船の舳先に座っていた。
『ルツァは人魚、見たことある?』
 昼間のリシュアの問いかけが妙に頭に残っている。
 人魚。
 記憶の限りでは、実際に見たことがないはずだ。
 けれど、何かが引っ掛かる。
「何だ・・・?」
 スコルツァは水面に手を伸ばした。
 光も闇も余すところなく吸い込んでいく海。
 規則正しく往来する小波。
 波紋。
 ――波紋?
 目を凝らすと、段々と目映い白が近づいてくる。
 浮かび上がった。
「こんばんは、水兵さん」
 人魚だった。
 吸血鬼とおなじように、主に髪や目に青い色彩を持つとされる彼女等だが、突然現れたスコルツァと同い年くらいの人魚は、珍しい真珠色の髪をしていた。
 目はちゃんとあおい。同じあおでも、スコルツァの持つ闇を含んだ青とは違う。
 光を含んだ蒼。
「・・・僕は水兵じゃないよ。見ての通り吸血鬼」
「あれ、めずらしい」
 明るい声で少女は笑った。
「これ、人間族の魔導船でしょう? 吸血鬼のひと初めて見たわ」
「こわくないの?」
「こわくないよ。それに、キミがこわいことをしようとしたら、あたし海の中に逃げるもん」
 それもそうだ。
 彼女はスコルツァのいる舳先ほどの高さまで波を作り、その上に上がった。
「こんな夜更けに出会ったのも縁だよ。お話しよう。あたしはセリアっていうの」
「――スコルツァ・プランシェアイト」
「めずらしい名前ね。よろしくね」
 人魚はどこまでも屈託なく微笑んだ。


***


 どこから来たの?
 なぜ吸血鬼なのに姓名があるの?
 生まれはどこ?
 きょうだいはいるの?
 人間族と一緒に過ごしているの?
 どこへ行くの?
 矢継ぎ早に質問をしてくる好奇心旺盛な人魚に、吸血鬼は律儀に一つずつ答えてやる。
「北西大陸のセインレド王国から来た。姓名は僕の大事な人たちが付けてくれたんだ。生まれは北東大陸の方。きょうだいはたくさんいるけど、今は誰とも関わりをもってない。僕の大事な人たちはみんな人間族だよ。これから中央大陸のアンゼリカという港町に行くんだ」
「アンゼリカ? あたし知ってる。何度も行くもの。ウィルニーとか」
「ウィルニーにも行く予定だよ」
「あの都市は人魚と人間が共生しているから珍しくて楽しいと思うよ。それにしても・・・あなた、セインレドのひとなのね」
 セリアは少し迷うような素振りを見せた。
 言おうか、言うまいか。そんな感じの。
「――あのね。八年前の乱は大変だったね」
「そうみたいだね。・・・僕は霧生の乱が終わった直後にセインレドに着いたようだから、詳しいことは聞いた話でしかないんだけど」
「そう・・・じゃあ、乱について詳しく聞いても分からないね」
「気になるの?」
 セリアは好奇心というにはいささか奇妙な目をしていた。
 少し思い詰めたような。
 どこかで見たことがある眼差し。

『母上を殺したのは俺だと、頭の中でうるさく繰り返すんだ』
(――レイツだ)
 今のセリアは、わけのわからない強迫観念に苦しむグレインと同じ目をしている。
 頭を抱えて悩む彼の幻像と声を頭の中から振り払い、スコルツァは彼女を見つめた。
 彼女は口を開いた。
「その乱とちょうど同じ時にね、あたしの母さんが死んだの」
「そう」
 同じだ。
 スコルツァの予想していなかったところまで。
「・・・あたし、もしかしたら母さんを殺したのかなあ。本当のことがわからないんだよ」


「それは・・・」
「いいの。変なこと言ってごめんね」
「詳しく聞きたい」
 同じことで苦しんでいるひとがいるんだ。
 ――それは言わなかったけれど、スコルツァの気迫に、セリアは驚いたようだった。
 しかし、大きな目を伏せて、首を振る。
「詳しくなんて言いようがないよ。目の前で母さんが死んでいくの。でも、あたしは何もしていないの。そういう映像が頭の中にこびりついて離れないの・・・それだけ」
「・・・・・・あたまが痛くならない?」
「ならないわ」
 セリアはそれまで乗っていた高波を消し去った。
 再び彼女は水面に浮かびあがり、スコルツァを見上げる形になる。
「もう陽が昇るよ。光を浴びたら危ないんでしょう」
 吸血鬼であるスコルツァを気遣っての発言に、彼は笑って首を振った。
 耳に通した指輪がきらりと光る。
「死なないよ。陽光を浴びても」
「でも・・・吸血鬼は、太陽の光とか銀にひどいアレルギーがあるって・・・」
「僕は大丈夫。御守りがあるんだ。陽光も銀も、ほかの光も大丈夫」
 セリアは不思議そうに目の前の生き物を見つめた。
 蒼い瞳と青い瞳が合う。
「吸血鬼じゃないみたい」
「血は要るよ。髪も目も青いし」
「そうだけど。・・・あたしにもあるよ、母さんからもらった大事なお守り。今度会うことがあったら、スコルツァに見せてあげる」
 別れの時間だ。
 セリアは短く手を振って、くるりと海中へ消えて行った。
「――レイツは元気になったかな」
 少しだけ眠ったら彼の様子を見に行こうと思いながら、スコルツァはまぶしい朝日が昇る前に船室へ下りた。

 


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