S a c r i f i c e  /  サ ク リ フ ァ イ ス
第一章( 2 )


 扉をノックしたのはメイドのメリルだった。
 昨晩の騒ぎ(銀色の光については秘密にしていたようだが)は城じゅうに伝わったようで、いつもなら四階の食堂で摂るはずの朝食は、グレインの部屋に直接運ばれてきた。
「またプリムが心配するな・・・」
「心配するのはプリムローズ姫だけではありませんよ、殿下」
 城にいる人々の中でグレインの偏頭痛について知らない者はない。
 それでも、昨日のように昏倒するということは、今までほとんどないことだった。
「私たちだって心配してるんだけど」
 メリルが退室してから、リシュアは唇を尖らせて抗議した。
「ああ、悪い」
「またお座成りに謝って」
「そういえばレイツ、昨日倒れた時、封筒落としてたよ」
 スコルツァが助け舟を出してくれた。
 そういう彼も、リシュアがいなければ同じ台詞を言っていただろうが。
 彼がグレインの文机の上から持ってきた白い封筒を受け取ると、グレインは昨日の国王との遣り取りを一部始終話して聞かせた。
「そういうわけで、おまえらにも関係ある手紙らしい。読むぞ」
 丁寧に糊付けされているのを剥がすと、王妃が好んだ花の香りがした。


***


 G.P.464年、19歳のグレイン、18歳のスコルツァ、16歳のリシュアへ。

 お元気ですか。
 仲良くやっていることは間違いないと思うので、それは心配していませんが。
 わたしがこうして書いているこの手紙は、あなた方への遺言です。
 もし3年後までにわたしが死んでしまった時のため、わたしはこの手紙を書き、夫に託すことにしました。
 わたしは自分の死期が近づいて来ていることを予感しています。
 病に掛かってもないのに変な話だと思うでしょうけれど、かつて8年前の乱でヴェナールが亡くなった時のような嫌な気配が、わたしにまとわりついて離れないのです。
 この手紙が読まれているということは、当然ですがわたしはもう死んでいるのでしょう。
 せめてグレインが立派に成人の儀を終えるのを見届けたかったのですが。
 本題に入ります。
 あの忌々しい霧生の乱から8年が経つ時、また災厄が近づいてきます。ただし今度は、セインレドの地だけでなく、世界中を包みこむほどの災厄が。
 あなたたちにとっては意味の分からないこと、意図の読めないことが書いてあることは重々承知の上で、あなたたちにお願いがあるのです。
 なぜそうしなければならないのか、説明することはできません。
 わたしがすべてを知っているわけではないということも理由のひとつですが、もっとも大きな理由は、あなたたちが災厄に関係することを避けるためです。
 わたしの可愛い子どもたち、どうか母の――リシュアとスコルツァにとって、母代わりにはならなかったでしょうが――願いを聞き届けてください。
 わたしのためだけでなく、亡くなったわたしの友人たちのためにも。

 1、セインレドのアイベルオール港から魔導船で出港して1日ほどで着く、中央大陸で2番目に大きな港町アンゼリカに、フィマ・グランデという名の魔導師の女性がいらっしゃいます。お話は通っているはずなので、その方にお会いし、ノゼリアという都市に案内してもらってください。そして、リシュアはそこにある「洗礼の社」にて守護を受けてください。ノゼリアという都市は地図には載っておらず、そこの住民に案内してもらうほかに行く術はありません。もし何らかの理由でグランデさんに会えなかった場合は、アンゼリカで一番大きな灯台の最上階に行きなさい。そこにもノゼリア出身の方が住んでいらっしゃるはずです。

 2、蒼海の底にある人魚の都市シェルに行き、族長のチェレシー様にお会いしてください。必ず夜に行くこと。なぜならば、スコルツァの指輪の意匠を別のものに変えてもらわねばならぬからです。加工の最中は指輪をはずしていなければなりませんから、スコルツァが陽光や銀などのアレルギーを起こさぬよう、存分に配慮してください。加工後の意匠については特に指定しませんから、スコルツァの身につけやすいようにしてください。

 3、わたしはこれからグレインに剣を贈る予定でいます。あなたの16歳の誕生日に。もし何らかの理由で剣を贈られていなければ、その旨を人魚族の長チェレシー様に伝えてください。きちんとわたしがグレインに剣を贈ることができていたなら、あなたはそれを常に肌身離さず持ち歩いてください。そして、時が来たら、その剣の「声」に耳を傾けてください。

 わたしからの遺言は以上です。
 どうか、災厄を避けんと闘い続ける人々のため、この通りにしてください。
 あなたたちは希望を持っているのです。そのことを忘れないでください。
 G.P.461年11月24日
 シトラス=ルアンベルクより 限りない愛と励ましをこめて


***


 無言のまま、グレインは手紙を文机に戻した。
 本当に意味が分からない。
「言われたとおりにするしかないんじゃない」
 こういう時、あれこれと考えてしまうグレインとリシュアには、スコルツァの言葉によく助けられる。スコルツァは何かに意味を求めることを、あまりしないのだ。
「考えても仕方のないことだよ」
「そうだな。・・・どうせ考えたって、なにも分からない」
 抽斗から便箋と封筒を取り出してグレインは文机に向かった。
「人魚族の長に前触れを書くが・・・リシュア、その手紙に書かれている魔導師は知ってるか?」
「聞いたことない人。でもそっちは、私から手紙を出すよ。ちゃんとした魔導師なら、住所が大雑把にしか分からなくても協会を経由すれば確実に届くだろうし」
「返事が来て次第、すぐに出発しよう。スークも、いいか?」
「大丈夫」
 変調をきたしたばかりの指輪を少し触って、スコルツァは頷いた。
「私、そしたら帰るよ。ルツァはどうする?」
「レイツの体調が回復してきたら城を出るかな」
「・・・おまえさあ、城出てどこで何して暮らしてんの」
 何度目か分からない問いを、答えを予測している上でグレインが問う。
 スコルツァは唇だけを動かして笑った。
「秘密」
「――だろうな」
 大いに心配な気持ちを分かってほしいのだが。
 けれどあまり生活には困っていないようなので、それなりにうまくは暮らしているのだろう。
 リシュアと、彼女を送って来るというスコルツァと一旦別れて、グレインは筆を執った。


 夜。
 再び国王執務室を訪れたグレインは、母からの手紙の内容を軽く話し、中央大陸に行くことを告げた。父王はそのことについては短く、気を付けろ、と言っただけだった。
「頭痛の方は快復したか」
「大分よくなりました。夜中に大騒ぎさせてしまったようで」
「今以上に強い薬を飲むのは好ましくないんだが。偏頭痛は厄介だ。病気じゃないから、入院させても仕方がない。・・・あれが死んだあとに症状が出たのか」
「そうですね」
 あれ、とは王妃のことだろう。
 グレインの頭痛は三年前ほど前からだから、王妃の死に何か関係しているのかもしれない。
 もしくは、自分が母を殺したという、非現実的な強迫観念か。
「どうにかなるといいんだが・・・」
「あれだけひどい症状は、そう頻繁に出るものではありません。なんとか付き合っていく他はないかと思います」
 当の本人がそう言うので、特に解決方法も思いつかないせいもあって、国王はそうだなと頷いた。
「明日の朝は食事に出られるか?」
「はい。今日の晩は大事を取って休んでいただけですので」
「スコルツァも泊まっているんだろう。一緒に来るといい」
 国王が書類を手に取ったので、それを合図にグレインは退室を告げた。
 一礼をして廊下に出る。
 扉を閉める直前、国王が彼に向かって言った。
「生きろよ」

 


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