S a c r i f i c e  /  サ ク リ フ ァ イ ス
第一章( 1 )


 国王グラントの執務室は、いつも雑多だ。
 足を踏み入れるたびに几帳面なグレインなどは片付けたくもなるのだが、部屋の主である父がまったく困っていないようなので、そうすることもできない。そもそも、王子たるグレインが部屋の片付けをしようものなら、使用人たちは大慌てすることだろう。
 国王は散らかっている書類や本の類を適当に退かし、出てきた豪奢な椅子に腰掛けるようにグレインに勧め、自分はいつも執務を行っている大きな椅子に掛けた。
「・・・片付けないんですか。この部屋」
「必要な書類や本の場所は把握している。特に困ることもない。そもそも俺は片付けるのが苦手だ。おまえもリビティアもプリムローズも、シトラスに似て整理整頓は得意なようだが」
 シトラスというのは王妃の名前だ。
 王族と平民以外に階級というものが存在しないセインレドでは、昔から、王族でも普通に平民と結婚することが多かった。王族の血というよりは、国民の血を繋ぐことを大事に考えているというのも、ひとつの理由であるらしい。
 セインレド国民は、その半数が魔導師としての強い才覚を持つという。
 遡れば、原始を終わらせ文明を築き上げた魔導民族の血を色濃く引いているのだそうだが。
「さて本題だ。あまり放置すると、リシュアやスコルツァが暇をするだろうからな」
「あのふたりは俺がいなくても好き勝手やっていますよ」
「好き勝手?」
「部屋の至る所に悪戯をするとか色々です」
「ははは。変わらんか。まあ、楽しそうで安心する」
 国王は文机から真っ白な封筒を取り出して、グレインに手渡した。
 宛名にはグレインのファーストネームだけが書いてあり、裏面を見ると、王妃のファーストネームが綴られていた。
「母上から?」
「三年前に預かった。あいつの危惧したとおり、遺言になってしまったが」
 息子の沈痛な面持ちを見て、国王はなかば叱りつけるように言った。
「分かるまで何度でも言うが、おまえはあいつを殺したりなんかしていない。あいつが死んだと思われる頃、おまえは自分が主役の生誕祭でスピーチをしていたんだ。物理的にまず不可能だ」
「――不可能なのは分かってる、けど、可能かもしれない・・・」
「そういうのを分かっていないというんだ。おまえは頭はいいが馬鹿だな」
 グレインは目を閉じ、つらそうに首を振った。
「分かってるんだ」
「あまり考えるな。過ぎたことだ」
 国王は、息子の濃灰色の髪を掻き雑ぜながら言った。
「それから、早いとこそれを読んでしまえ。おまえだけじゃなくて、おそらくリシュアとスコルツァにも深く関係していることが書いてあるだろうから。あくまで予想だが。三人で読めよ」
「・・・いったい何が?」
「だから読め。話はこれで終わりだ。手紙の内容について訊かれても俺は多分答えられないからな。訊くなよ――それじゃ、おやすみ」


***


 セインレドの王城は五階建てになっている。
 先程、グレインたちが亡き王妃の誕生日を祝っていたのは三階にある空中庭園(中庭)で、グレインが国王と話していた執務室は二階、そして王族たちの私室は最上階にある。
 風の魔導を利用した昇降機で五階まで行き、廊下を西側に歩いて行くとグレインの部屋だ。
 重厚な造りの扉の前に立つと、なにやら室内が騒々しい気配がする。
(・・・大騒ぎしてんのか?)
 あのふたりの悪戯の前科を思い出して、グレインは何となく開けたくなくなったが、ひどいことをしているのならば止めねばならない。
 覚悟を決めて扉を開けた瞬間、まばゆい銀色の光がグレインをかっと照らした。
「・・・っ! なんだ、これ」
「グレン、扉閉めて!」
 光の中から聞こえたリシュアの声に、とっさに従う。
 しかし彼女に事情説明を求めようとした瞬間、グレインの頭部に殴打されたような激しい痛みが走った。
 掠れた悲鳴と共に倒れ込んだグレインを、眩い光をなぜかものともせずに、スコルツァが回りこんで抱きとめる。
「レイツ!」
「どうしたの? あたまが痛いの?」
 どうやらふたりは光に目が慣れているらしかった。
 グレインは何とか自力でまっすぐ立とうとするが、なおも殴打されたような痛みは続き、やがてふらふらとスコルツァに縋りついたまま気を失ってしまった。


***


 目が覚めるとベッドの上で、右側にリシュアが、左側にスコルツァが眠っていた。
 そっと身を起こすと、頭に鈍痛が走る。
 鎮痛薬を飲んだ方がいいと判断してベッドを抜け出そうとすると、左腕をがしっと掴まれた。少し驚いて左を見下ろすと、スコルツァが青い双眸でグレインを見つめていた。
「おはよう」
「・・・ああ。手、離してくれねえか」
「薬なら飲んじゃ駄目だよ。あれからすぐに医師が来て、痛み止めを注射して行ったから――気絶したり起きたりの繰り返しでなかなか寝られなかったの覚えてる?」
 覚えていない。
 スコルツァの手を引き剥がそうとした右手を黙って元に戻すと、彼は見慣れぬ者には畏怖すら起こさせるほどの美貌をへにゃりとゆがめて笑った。
「もう起きなきゃいけない時間だね。リーアは寝てるけど」
 基本的にリシュアは寝起きが悪い。
 ふたりの会話に気付かないほど熟睡している彼女を見て、ふっとグレインは笑みを浮かべた。
「ところで昨日のあれは何だったんだ? おまえ平気だったのか、光。あのとき指輪してなかっただろう」
「よく見てたね指輪がないって。あの光はね、指輪」
「は?」
 スコルツァの蒼白な肌色を見下ろして、グレインは首をかしげた。
 『指輪』はいつものように、彼の左耳に通してある。――指輪なのだから指にすればいいとグレインは思っていたのだが(言ったことがある)、希少価値のあるものらしく、おおっぴらに付けていると彼の『同胞』から狙われるのだそうだ。
 確かにそうだと納得した覚えがある。
 スコルツァが付けているのはただの指輪ではない。
 吸血鬼が、陽のあたる場所で生きるための指輪。
「おまえ、最近血は足りてるのか?」
「――さあ。忘れちゃった」
 吸血鬼はうっすらと笑みを浮かべて、意味の分からない返答をした。
 目を見張るような妖艶さ――美貌で餌を招き寄せる吸血鬼族は、皆美しいという――であったが、グレインは全く動じずに目を細めてスコルツァを睨む。
「栄養失調になるぞ」
「んー? 別に大丈夫」
「良くない。リシュアが寝てるうちにさっさと摂っちまえ。牙を立てるのが嫌なら切ってやる。そこの抽斗にペーパーナイフが入ってるから。取って」
「やだよ。幾らなんでも、あんな倒れ方をした後のレイツには血なんか貰いたくない。僕の顔色が悪いのは種族特有だけど、レイツの顔が真っ白なのは体調不良の証だよ」
「そのとーり」
 寝ぼけた声と共に、いつの間に起きたのかリシュアが目を開けて二人を見ていた。
「ルツァには私が血をあげる」
「「それこそ駄目」」
 見事に調和したふたりに、リシュアが不平を言おうとするが、グレインに阻まれる。
「お前が血をやったところでスークの栄養にはならないぞ」
「どうして?」
「食事が偏ってるし不規則だし、そのうえ万年貧血気味だし。なあスーク」
「うん。リーアから血を貰うのは良いや。倒れられたら困るし」
 リシュアは不服そうに唇を尖らせた。
「でも、レイツのも今日は遠慮しておくよ」
「・・・分かった」
 スコルツァは吸血鬼のくせに、血を吸うということを好まない。
 吸血は生存のための欲求なのだから、吸血を好まないというのは異端に含まれるのだろうが、スコルツァの性質を考えれば、人情的な面でそれはあながち異端でもない。
 彼は、自分が好きだと思う人の血ほど、美味に感じる体質なのである。
 見知らぬ人の血など、およそ不味くて摂れたものではないらしい。
 だからスコルツァは、グレインやリシュアの血をとても美味しく感じる。セインレド王国の見知らぬ人から血を貰うのは難しい上に、飲んでも不味い――それくらいなら俺が血をやる、とグレインが言いだしたのは何年前だったか。
 リシュアも同じように言ってくれたのだが、彼女は細くて頼りないので、スコルツァは未だに彼女から血を貰ったことがない。
「で。昨日の光は何だったんだ? 指輪って何がだ」
「ああ。昨日説明する前に、グレンは倒れちゃったんだっけ。あのね、最近ルツァの指輪が調子悪いっていうか、なんか着けていて違和感があるみたいだったの。あれは魔導具だから私は扱い慣れてるし色々と弄ってたら、文言みたいなのが浮かび上がってきたの。指輪の裏側に。古い魔導書なんかに書かれてる古代文字ね。それを声に出して読んでみたら、突然あの光」
 リシュアは十六歳という若さだが、世界でも数えるほどしかいない高位称号 ” 聖魔導師 ” を持つ極めて優秀な魔導師なのである。
 八年前に起こった『霧生の乱』で家族をすべて失ってからは、グレインやスコルツァと共に王城で暮らしていたのだが、自身に魔導の素質があると分かるやそれを鍛え上げ、十四歳で聖魔導師の位を得て自立した。国王グラントの計らいで国家魔導師に就任し、今は城下都市のはずれにある小さな家で一人暮らしをしている。
「スークは平気だったんだな、あの光」
「うん。月光みたいだったし」
「で、指輪は今は、何ともないのか」
 スコルツァは少し触って確かめる素振りをしてから頷く。
「大丈夫。あの光は何だったんだろうね」
「文言には、修復がどうとか書いてあったから、やっぱり不具合が生じた時の措置じゃない? 詳しいことはよく分からないけど」
「分からないのか」
「だってその指輪、特殊な魔導具だもの。相当力のある魔導師じゃないと創れないよ。・・・本当にルツァ、どこで手に入れたか覚えてないの?」
「うん。セインレドに来た頃には、もう持ってたけど」
 スコルツァがセインレドに来たのも、やはり八年前である。リシュアの家族を亡くした乱が終わった直後のことだった。吸血鬼の叔父と共に来たのだが、そちらは強い陽光アレルギーのために、セインレド王城にスコルツァを預けてすぐに亡くなった。
 指輪に守られたスコルツァだけが無事でいられたのだ。
 なぜだかセインレドの国王夫妻、つまりグレインの両親はスコルツァの叔父とも知り合いだったらしく、彼を引き取って、実の子どもたち三人やリシュアと共に育てた。スコルツァの方もやがて自立し王城を出ているが、基本的に外で何をしているのか、未だにグレインはよく知らない。
「思いだせないことは仕方ないよね。まあ、不具合が直ってよかった」
「うん。直してくれてありがとう、リーア」
「どういたしまして」
 嬉しそうにリシュアが笑ったとき、部屋の扉が静かにノックされた。

 


 / × / 

 

 

 

 

 

 

広告 [PR] 紅葉めぐり わけあり商品 ヒートテック 無料レンタルサーバー ブログ blog