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翌朝、朝食を取り終えると、私は倖さんにすぐ呼ばれて頼みごとをされた。
本当は栖さんと話したかったのだけれど、何を話せばいいのかも分からないし、倖さんが私に頼みごとをするのも珍しいことなので引き受けた。
曰く、街の図書館へ行って、頼んであるはずの画集を一冊貰って来てほしいという。
図書館には前に靭さんとも行ったことがあるので、私はすぐに出かける準備をして街へ出た。紗那国の王都は、エウールほど騒がしくもなく、かつての火旺国ほど静まってもなく、とても心地よい感じがした。
自動車に引かれないように注意しながら、街の中央から少し西寄りにある図書館へ向かう。
大きな扉の前まできて、私は目を瞬かせる。
――本日休館。
(倖さん、忘れていたのかしら?)
どこか抜けているらしいことは靭さんや栖さんから聞いてはいたが。
でも志樂家は図書館の常連だというし、忘れているというのも変な気がする。
とりあえず引き返そう――そう思って踵を返し、横断歩道の前で信号が変わるのを待つ。車がたくさん往来している。火旺国もじきにこんな風になるのだろうか。
ふと顔を上げた時、車で霞む道路の向こう側が、きらりと光ったように見えた。
目を凝らすと、それは光ではなくて、金髪が陽光で輝いているのだと分かる――
信号が青になる。
その人は、私に向かってまっすぐに歩いてきた。
動けない。
彼は私に向かって笑顔を見せた。
真っ青な瞳。
「やっと見つけた――会いに来たよ」
「朱鳥、さん」
「伝言を聞いてきた。あなたのお姉さんにも会って」
あまりに唐突な出来事に頭がついて行かない。
心臓のあたりが渦を巻いている。
だって、私に笑いかける朱鳥さんの目が、違うから。
「どうしても、あなたに会いたかったんだ。会いたくて仕方無かった」
うまく息ができなくなった気がして、私はその場に膝をつきそうになった。
どうして、こんなにくるしいのだろう。
朱鳥さんがよろけた私の手を掴んだ。反射的に顔を上げて――私たちの目が合った。
真っ青なその目は、一年前の氷のような茫洋としたものじゃない。
高温で燃える、青い炎。
「ひどいわ」
「――うん」
「ひどい。だって、わたしは」
呼吸が乱れていく。うまく話せているかも分からない。
朱鳥さんの掌はとても熱かった。いつか触れた時の冷たさが嘘のように。
ああ、
燃えてしまう。
「わたしは、栖さんが、なのに、どうして」
どうしてあなたが、こんなに私の心を乱すのか。
「後から来て、もう遅いとか思うかもしれないけど」
やめて。
言わないで。
「他のひとと、結婚しないで」
「―――」
「おれはあなたが好きだ」
そんなこと。
言わないでほしかった。
どうやって帰って来たのか分からないまま、気づいたら栖さんの部屋の前にいた。
迎え入れてくれた栖さんは、泣き腫らした私の目元をそっと触ると笑った。
「会ったんだね。朱鳥という人に」
「栖さん、どうして」
「まずは落ち着こうか。過呼吸になるよ」
温かくて甘い飲み物をくれた。
そうして、すべて教えてくれた。
「この前しばらくエウールに仕事に行った時があっただろう。あの時、詩絵さんの家に寄った時に話を聞いたんだ。お嬢さんの居場所を訊ねてきた人がいたこと、その人がかつてお嬢さんと親交があったこと、その他諸々。それで俺はあなたと彼が会えるように、母さんに頼んであなたを図書館まで使いに行かせた。詩絵さんは彼に図書館へ行くように言った」
高志医師も関係しているだろう。
私が約束を守れないでいることを悔やんでいるのを、知っていたから。
「父さんも言っていたみたいだけど、俺はずっと、あなたの目が気がかりだった」
――不安で揺らいでいる目。
やはり、栖さんを悲しませ、寂しい思いをさせていたのは、私だった。
「見ないふりをして結婚することもできた。俺がどうしても結婚しようと言えばあなたは必ず了承しただろうし、よき妻になろうと努力もしてくれたはずだ。でも駄目だった。そんなことしたくなかった。俺があなたを、あなたの炎のような目と心を好きだったから」
涙が溢れだしてくる。
「あなたは、あの人のことを好きなんだな」
首を振る。
違う。
そんなつもりは。
そんなつもりはなかったのだ。
「少なくとも、今はそう。だろう?」
それでも首を振る強情な私に、栖さんは困ったように笑った。
「言っただろう。感謝では結婚はできないよ。・・・大丈夫、父さんも母さんも、そして俺もあなたのことを怒らないし嫌わない。幸せになってほしいんだ」
指先から冷えていく。
私は確かに栖さんについていくと決めたのに。
彼を愛し、よき妻になろうと決めていたはずなのに。
――結局は、悲しませることしかしなかった。
「さあ。別れの挨拶をしよう」
栖さんは一度だけ私を抱きしめた。
新しい涙があふれ出す前に、栖さんはその腕を解いて、にこりと笑う。
明るく、綺麗に。
私を励ましてくれていた、いつもの笑顔。
「幸せになってくれ。俺があなたに望むのは、ただ一つそれだけなんだ」
変わりゆく現実に惑い、悲しみと不安に潰されそうな中で、私を生きる道へと導いてくれたのは――灯火を掲げてくれていたのは、あなただった。
言いたいことが沢山あるのに、言葉にならない。
「栖さん」
「ん?」
「あり、がとう」
結局それがすべてなのだ。
荷物は要らないね。小さく栖さんがそう言って、私も頷く。
玄関へ出たとき、中庭にいた倖さんと靭さんが優しく笑ったのが見えた。
二人にただ頭を下げて、栖さんを見つめる。
彼は私の肩を掴んでくるりと向きを変えると、背中を軽く押してくれた。
「さあ、行け」
「――はい」
追い風に吹かれたように、私は駆け出した。
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