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 志樂家では、私は色々なことをさせてもらった。
 最初は客人扱いで、とても丁重にもてなされたのだけれど、何も返すことができないのがどうしても嫌で、倖さんに頼みこんで家のお手伝いをさせてもらえることになった。といっても、使用人のようなことはさせないから本当にお手伝いだけよ、と言われたけれど。
 もうすぐ季節が変わるから、倖さんや庭師のひとと一緒に庭に植える花を決めたり、靭さんが書庫に本を増やすために図書館へ行くのに一緒に連れて行ってもらったりした。栖さんはエウール公国で仕事があるというので頻繁に外出はしていたが、できる限り戻ってきてくれた。



 秋が近づいてきたある日のことだった。
 庭で玄関に飾る花瓶に生ける花を決めていると、靭さんが庭へ降りてきた。
「ここでの生活も、だいぶ慣れたようだね。よかった」
「皆さんのおかげです。とてもよくしてくださるから」
「僕は栖や静がある程度大きくなる頃にやっと貴族の生活というのに慣れたよ。それまでは庭師の息子として仕える立場だったから」
 私は初老の庭師さんを見た。ということは、栖さんの祖父なのだろうか。
 私の考えが読めたのか、靭さんは笑いながら否定した。
「この人は違うよ。僕が婿入りしてから、僕の両親はエウールに行ったからね」
「そうでしたか」
「心は決まったかい」
 唐突な話題の切り口だったが、私はさして動揺することもなく頷いた。
 結婚の話だろうとは誰でもわかる。私は志樂家に遊びに来ているわけではないのだ。
 いくつか決めた花を庭師さんに伝え、中庭の一角に座っている靭さんの向かい側に座った。
「どうして僕や倖が、結婚することをまだ考えていなさいと言ったか分かるかな」
「私が――未熟だからですか」
「まさか。それは違うよ。あなたは非常にしっかりしているし――それに僕も倖もあなたのことがとても気に入っている。何もなければ、すぐにでも結婚してほしいと思ってた」
 東からの涼しい風が私と靭さんに吹きつけた。
 私は少し不安になって問いかける。
「何か・・・あったのでしょうか」
「あなたの、目が」
「目?」
「詩絵さんと静が結婚した時、詩絵さんからもらった写真で僕たちはあなたを知った。その時のあなたは、燃えさかる炎のようなとても美しい目をしていた」
 靭さんはそこで言葉を切って、私を見た。
 初めて真っ向から見たその瞳は、栖さんとまったく同じ若草色をしていた。
 形はお母様似で、色はお父様似なのか。
 そんなことをぼんやり思いながら靭さんを見返すと、靭さんはどこか悲しそうな目になった。
「でも今はそうじゃないね。あなたの目は、炎の揺らめきじゃなくて、不安で揺らいでいる」
 彼もかつてはエウールの総合芸術大学にいたと聞いた。
 言うことが詩人のようだ、と感心する。
 先程からどうでもいいことばかりに頭が働いて、うまく言葉が返せない。本当に仕方がないほど鈍感な私を自覚する。
 それはお父様とお母様と別れたから、とか、守ってない約束があるから、とか。なにか言うことがあるはずなのに言えない。約束――約束か。約束がどうしたというのだろう? 言伝は残したけれど。約束を守ったら、私は結婚するのだろうか。
 よく分からなくなってきた。
 靭さんはそんな私を急かすでも責めるでもなく、ただ優しく見ていた。
 この家のひとたちは、みんな優しいから苦しい。



 その日、栖さんが数日掛かりの仕事から帰って来て、久し振りに話した。
 相変わらず彼は快活だったけれど、どこか寂しそうでもあった。その寂しさはエウール公国で垣間見え、紗那国に来てからは一層深まったような感じがする。
 何かおありなのですか、と訊いた。少したどたどしくなってしまった。
 彼は淡く微笑んで、何か? と訊き返してきた。穏やかな調子が儚い。
「困ったことや――不安な、ことです。寂しそうに見えるから・・・」
 靭さんのように、不安げなのは私の方だと言うだろうか。
 もしかしてそれで悲しませているのだろうか。
 栖さんは黙って首を振った。
 訪れた沈黙の中、しばらくしてやっと口を開く。
「一つ分かっていてほしい」
「はい」
「憧憬や感謝では結婚できないよ」
 隣にいる栖さんの顔を見る。
 色素の薄い若草色の瞳に、驚いて目を見開いている私の姿が映っていた。
「どういう――ことですか」
「言った通りの意味だよ。・・・もう遅い時間になる」
 栖さんは席を立った。
 ふたりで話していた応接間が急に寒く感じて、私は暖炉のそばへ寄る。
 火が、煌々と燃えている。
「お嬢さん」
 呼ばれて振り向く。
 近くに立っていた栖さんの目に、暖炉の火でくっきりと陰影のついた私の姿が映っている。
 彼はとてもきれいに微笑んだ。
「やっぱり火が似合うな。綺麗だ」
 それだけを言い残すと、栖さんは部屋に戻って行った。
 ぱちぱちと、火が爆ぜる音がする。
 予感が私を襲う。
 それが良いものなのか悪いものなのかは、分からなかった。




さみしいあなた

 



 



 



 

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