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 紗那国は、自動車が行き交う、近代的な場所という印象だった。
 それを栖さんに言うと、ああそれは首都だからだよ、と言って笑った。
「田舎は田舎さ。まあ自動車は普及してるけどね。――ああこれ、実家」
 鳳の屋敷と同じか、それ以上に大きな屋敷の前で栖さんは車を停めた。まるで到着を見張っていたかのように、すぐに屋敷の玄関から使用人らしき人々が出てくる。
「若様、御帰りなさいませ」
「ただいま。こちらが愛結さん」
「――鳳愛結と申します」
「お方さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
 執事と栖さんの後へついていくと、応接間へ通された。
 長い黒髪の小柄な女性が窓辺に立っている。
 栖さんはその人の背中に呼びかけた。
「母さん。来たよ」
「あらあら、まあまあまあまあ!」
 栖さんのお母様は物凄い勢いで振り向くと、びっくりして言葉を失っている私に向かって物凄い勢いで歩いてきた。空を彷徨っている私の両手を握って、きらきらと目を輝かせる。
「写真で見るより綺麗ねえ」
「しゃ・・・しん?」
「詩絵ちゃんに見せてもらったんだけど。でもまあ、数年前の写真だし成長もするわよね。昔は可愛いという感じだったけど。うん、いいお嬢さんだわあ」
 呆気にとられている私を見かねて、栖さんが助け舟を出してくれた。
「母さん。ほら、挨拶もなしに」
 そこで挨拶をしていないのは私も一緒なのだと気付き、慌てて姿勢を正す。
 でも――どう挨拶すればいいのだろう。
 仕方なく、ただ名前だけを言って頭を下げた。
「鳳愛結と申します。――お世話に、なります」
 私の目を覗き込んで、栖さんのお母様はにっこりと微笑んだ。
 まるで少女のようなその目は、栖さんにそっくりだった。
「志樂(ユキ)です。よろしくね。私の旦那さんはちょっと今、出かけてるんだけど」
 私の両手を握ったまま、倖さんは栖さんをきっと見上げた。
 こうして見ると、ますます二人はよく似た目をしている。
「女の子どうしの内緒話があるから、栖はちょっと出てて」
「――母さんいい加減、女の子って年でも・・・いや」
 それ以上は言うべきではないと判断したのか、栖さんは私に笑い掛けるとそのまま出て行く。
 倖さんの真意がつかめなくて戸惑っている私に椅子をすすめ、倖さんもその向かい側に座った。
「迷ってるわね」
 ずばりと言われて、一瞬何のことだか分らなかった。
「少なくとも恋はしていないわね。栖に」
「――私」
「恋ってね、もっとこう、燃えさかる感じだもの。昔旦那さんに恋していた頃、鏡で見たわたしのようになってるはずだわ」
 少女のような雰囲気をまとった志樂家の当主は、優しく言った。
「男はね、仕事にも生きられる。女遊びもできる。でもね、女の幸せって、人それぞれではあるけれど、わたしはやっぱり家庭を持つことだと思うの。妻になって母になって初めてそう思った。満足できるかはべつにしても、後悔しない結婚をしなければならないわ。愛結ちゃん、迷ってるわね」
「・・・・・・栖さんが悪い訳ではないし、迷いも早く捨てると決めたのですが」
「急に結婚なんてしなくたっていいわ。しばらく一緒に過ごしましょう。ずっと高志さんの手紙で聞いていたの。とても優しいお嬢さんだと聞いているわ。よろしくね。わたしと(ユギ)のことは、適当にさん付けでても呼んでくれればいいわ」
「ユギ――さん?」
「ああ、わたしの旦那さんのこと。いい人よ。平民出身で、押しは弱いけど芯は強い」
 倖さんは立ち上がり、使用人を呼んだ。
「どうする愛結ちゃん。夕食まで休もうか? 屋敷を案内してもいいのだけれど」
「――宜しければ、休ませてください」
「どうぞごゆっくり。・・・さ、お部屋にご案内してね」
 私は使用人の方に連れられて、これからしばらく暮らすことになるのであろう部屋へと案内された。小ざっぱりとした内装の屋敷を歩きながら、私は倖さんに言われたことを思い返していた。


 お姉様も。
 似たようなことを言っていた。
『憧れと恋は間違えやすいわ』
 どうしてかしら。
 栖さんとの距離が近づけば近づくほど、恋から遠ざかっていくような気がするのは。

(・・・そうだわ)
 みんなが。
 会う人みんなが、本当に良いのかそれは恋なのかと私を諭すからそう思うのだ。
 どうしてみんな、そのようなことを訊くのだろう? 結婚する時はそういうものなのだろうか。

 ――私は寝台に横たわり目を閉じた。




***




 私は変な夢を見た。
 窓から光が差し込む部屋の中、誰も座っていない椅子がひとつ。
 見覚えがある気がする――あれは、確か――

『あまり外に意識を向けないで。夢の世界に囚われてしまう』

 そうだ。
 夢の世界だ。
 朱鳥さんが椅子に座って微笑んでいたあの部屋だ。
 でも、今は。

「――誰も居ない」
 その意味を考える間もなく、私は夢の世界を追い出された。




どこへといった

 



 



 



 

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