1/

 

 二年前。古より血統主義が根付いていた火旺国(ヒオウコク)の最後の国王・狭霧(サギリ)陛下がお隠れになって、国内は一時の混乱に襲われた。しかしそれは、国王崩御の約一年後、王党が国王の血を引く蛮族の少年を見つけ出したことで幕を引いたかに思われた。
 しかし王家の血を引く――国王と蛮族の女性との間に生まれた不義の子として非難する声もなくはなかったが、王家の尊い血を引くことには変わらないと結論づけられた――その少年は、火旺国でたった七日間を過ごした後に、忽然と姿を消してしまったのだ。
 再び火旺国を襲った混乱は、もう抑えようがなかった。完全に王位継承者を失った血統主義国は、水面下で王制廃止を唱えていた者たちによって一気にひっくり返された。国民革命は貴族たちを次々と襲い行き、没落させていった。
 そうして、この(オオトリ)家も、今その危機に直面している。



 ひっそりと静まり返った重厚な応接間で、私は父母と向かい合っていた。
 最後の王位継承者――朱鳥(アスカ)さんが東へ向かってから、もうすぐ一年が経つ。今日この日まで何とか耐えられたが、王家に最も近しいほど高い地位にあったと云われたこの公爵家も、遂に没落の時が来たのは分かっていた。
 朱鳥さんがいなくなってからの日々というもの、財産を失い、行方知れずになった貴族たちを見るたびに、私の心は痛んだ。朱鳥さんを逃がしてはいけなかったのではないか。恋愛結婚だの我儘を言わず、朱鳥さんの自由を願ったりしなければ、かつての平民よりもずっと凄まじい環境へと貴族たちを放りこまずに済んだのではないか、と。そのたびに私は夢の中で羽ばたいていった朱色に燃える鳥を思い出し、あれでよかったのだと言い聞かせる。
 父は私をきっと見据えて口を開いた。
「かつて詩絵(シエ)を他国へ遣るのを反対したのは、鳳家の家督を継いでもらわねばならぬこと、そして鳳家の家督を継ぎこの家が繁栄すれば、詩絵もおまえも安泰に暮らせると思ったからだ」
 予想外な話題に、私は驚いて父をしげしげと見てしまう。朱鳥さんと別れてから、貴族令嬢らしからぬ振る舞いには気をつけるようになっていたのだが。
「しかし、詩絵が嫁いですぐに(ルイ)王子が、そしてそのあとを追うように狭霧陛下がお隠れになった。思えばその時に、おまえも他国に出せばよかったのだな。陛下には蛮族の女性との間に子がある、という王家に仕える者の証言が確実視され始めたことで、私は欲が出たのかもしれん。王国も鳳家も無事で済む方法にすがってしまった。その結果がこれだ。蛮族たちは仲間を颯爽と救出して姿を消し、王制廃止を唱える輩が台頭してしまった」
「お父様は、鳳家の家督。家を次へと継承させ、繁栄させたいと願うのは当然のことです」
 父は俯かせていた顔を上げた。目と目が合う。こんな状況になるまで真実を言えなかった父と、大人になれなかった私。母がそっと涙をぬぐいながら席を立った。
「ありったけの財産を用意させた。おまえはそれを持って、詩絵を頼りなさい」
 予想はしていた言葉だった。
 けれど実際に父から言われるのとでは、まったく重みが違う。
「見捨てるのは、いやです」
愛結(アユ)。おまえは若い。それに血統主義に染まっていない。他国でやり直せる機会があれば、努力のもとに、幸せになれるだろう。幸いにもおまえは母に似て美しい。他国で恋愛をして家庭を持ち、幸せに暮らしてほしいのだ」
 父も母も、まだ二十年は確実に生きられる年齢をしている。
 財産をすべて娘に託し、他国に逃がして、自分たちはどうしようというのか。
「お父様がたも、お姉様をお頼りなさいませ」
「それではあまりに詩絵の負担になる。わたしたちは長年、血統主義と貴族的生活に浸ってきた。もう火旺国でしか生きられぬ。土地の税金で暮らしてきた者が、突然平民のように仕事をできると思うか。無理だ。なにかを一から新しく覚えるには老いすぎている」
「――いやだわ」
 父の気高さゆえ傲慢に見えた振る舞いの意図が理解でき、私の精神的な幼さゆえの一方的な反目が解けたというのに、すぐに今生の別れの挨拶を交わすことになるなど。
「我儘を言うのではない」
「わがままを言っているのはお父様です」
「もしおまえが、この父と母に親孝行をしてくれるのなら、言うことを聞いてほしい」
 涙があふれ出てくる。どうして。
 どうしてこんなことに。
「おまえは親不孝ができるほど冷たい子ではない。――残った使用人に出て行く準備をさせている。おまえも、自分の荷物をまとめなさい」
 視界はすべて滲んで、出て行く父の背中が見えなかった。




火の鳥は何処に

 



 



 



 

広告 [PR] 紅葉めぐり わけあり商品 ヒートテック 無料レンタルサーバー ブログ blog