5/
「こちらが、亡き両陛下の墓標でございます」
しわがれた声の老婆がかみ締めるように言って、私達に一礼すると、今来た道を戻って行った。かつて楓王妃に仕え、運命の歯車が完全に狂った瞬間を見届けた、忠義に厚い女中である。私と浮さんは彼女に感謝の旨を伝えた。彼女は振り向いて再び頭を下げたが、皺だらけの瞼の奥の聡い目は、遠い日を回顧しているかの如く茫洋としていた。
暖かな午後の昼下がり。
朝食の時間を越えて、午前中をすべて私の夢の話に使いきってしまった私と浮さんは、昼食もそこそこに、王族霊園へやって来たのだった。特に目的らしい目的はなかったが、私も浮さんも、せめて国王夫妻の墓前に参りたかったのである。
「静かね」
「そうだな」
朱鳥さんに自らの血筋である証明としての金印を遺した国王と、怨念を遺して去った王妃。二人が並んで眠る墓は、安穏と静けさの優しい空間だった。
「・・・約束したは良いのだけれど、私、どうやって朱鳥さんを助けるかなんて、考えてなかったわ」
「いきなり弱音を吐くなよ。重圧を掛けるかもしれないが、朱鳥はお嬢さんを信じてるんだ。お嬢さんも朱鳥を信じればいいのさ、あいつだって約束したんだろう。諦めないって」
浮さんの励ましに頷き、ゆっくりと楓王妃の墓前にひざまずく。
手を組み目を閉じて祈る前に、白さの眩しげな十字架を見つめた。写真を見ても、お姉様のお話を聞いても、王妃はとても穏やかそうなひとだった。王妃さま、亡くなる前の激情――その無念さを夢魔に、その怨念を朱鳥さんに遺して、心の安穏は取り戻せましたか。静かに眠っているのですか。でしたらその穏やかさのまま、過去の怨念など消し去って、朱鳥さんを現実に還してください。
「墓前に」
目を開けると、隣で浮さんがひざまずいたところだった。
「祈ったところで、相手は石の十字架だ。死んだ王妃や国王には届かない。・・・しかし俺も祈ろう。純粋な心を少しばかり取り戻しても、良いだろうからな」
「・・・届きますように」
私には結局、お願いすることしかできないけれど。
もう一度、目を閉じた。
届きますように。
霊園を出ると、そこの門番をしていた兵士が浮さんに寄ってきた。深くかぶった帽子でやや隠しているがもう見慣れた、この国の人達よりも彫りの深い顔立ち。彼も流浪の民のひとらしい。
「手筈は整ったと、栓が連絡してきた。今夜にも朱鳥は連れ出せるだろう」
「わかった」
「――東へ行くの?」
思ったより寂しそうな声が出てしまった。浮さんが苦笑いするみたいに顔をゆがめて笑った。
「ああ。今までの予定どおりに、今夜連れ出すことになった。詩絵お嬢さんの助言も受けたし、違う環境で身体的な治療も行うつもりだ。それに此の国から離れた所に行けば、怨念などの類も薄れるか消えるかするかもしれないという望みもあるが・・・さっきのお嬢さんの夢の話を聞いて、少し迷っている。お嬢さんと朱鳥を離さない方が良いのかもしれないと」
離れるのは寂しかった。けれど、このまま此処に居ては、朱鳥さんは不本意なまま王位に就かされたり、もしくは追放されたりするかもしれない。極端な話、王政廃止を唱える過激派なんかがいたら、暗殺されるかもしれないのだ。私は浮さんに微笑んだ。
「此処にいても変わらないと思うの。私は此処で頑張って、朱鳥さんは東で頑張ればいいと思うの。私は寂しくたって耐えられる、浮さんの面白いお話は全部憶えてるし、朱鳥さんとは夢でまた会えるかもしれないもの。朱鳥さんがもしちゃんと触れ合える距離で私に会いたいと思ってくれるなら、朱鳥さんは自分の足で歩いて、この国の私のところまで来てほしいの。私はそれを楽しみに待っているから」
「ありがとう」
浮さんの優しい目に、私は急に別れを意識して泣きたくなった。
口ではこう言っていても、流浪する彼らには、二度と会えないかもしれない。
「私こそ、ありがとう」
「どうして?」
「いろんなこと、教えてもらったから」
初めて、強く何かをしようと思った。憧れるだけじゃなくて自分で。
初めて、真っ直ぐに好きと言ってもらえた。
「浮さん」
「ん?」
「私、朱鳥さんが好き」
「あぁ」
「浮さんも大好き。忘れないでね」
共犯と疑われるから、私は今夜、朱鳥さんのもとへは行けない。
浮さんとも此処でお別れだろう。流浪する彼らに定住は求められず、彼らも望まないだろう。けれど、彼らが海を渡って別大陸まで行ったとしても、いつかまた此処へ来ることを――これが今生の別れでないことを願って。
さようなら。
その夜、私は夢を見た。
朱色に燃えた火の鳥が、巣箱から飛び立っていく夢を。
= Fin =
|