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ああ。会えた。
意外にもあっさりと。


感じの良い部屋の中で、椅子に座って、こっちを見て笑っていた。
窓の外には光が溢れている。逆光のはずなのに、彼の嬉しそうな表情は、はっきりと見えた。
「ようこそ」
私の為に椅子が用意される。何もないところから、ふっと湧き出るように私の前に置かれた。
私は驚かなかった。これは夢だ。寝る前、どうしても朱鳥さんに会いたいと思っていたのが届いて、私はいま朱鳥さんと同じ夢を見ているのだ。
朱鳥さんは青い目を細めた。
「相当強く呼んでくれてありがとう。おかげで無事に招くことができた」
「ここはあなたのお部屋?」
「そう。夢のなかのだけど。招いたのは、あなたが三人目」
勧められて椅子に座る。ふわっとした感触はまるで本物だった。
夢の中だから当然かしら。
「浮とかは呼ぼうと思っても届かない。素質が要るんだろう、あなたみたいに他人の夢に招かれることが出来るには。もしくは純粋さかな、あいつには全くそれがないから」
「同じこと言っていたわ、浮さんも栓さんも」
「栓も来たのか。・・・現実では、いまはどうなっている?」
私はすらすらと答えた。浮さんが朱鳥さんや唄さんの睡眠障害は呪いや怨念の類ではないかと疑っている事や、朱鳥さんたちの両親四人の間で起こったことなど。朱鳥さんは表情ひとつ動かさずに聞いていた。流浪の民たちが奪還計画を進めているという話を聞くと、初めてそこで笑った。
「大袈裟だな」
「でもあなた、今は、過眠症だからって王党派たちは迷って足踏みしているけど、いずれ王位を継がされる事になるかもしれないのよ? 継いでも政治を動かせるわけでもないし、好きでもない人と結婚させられたり、縛り付けられるのよ。笑い事じゃないでしょう」
「おれはあなたが好きだよ」
あまりにもあっさりと言われたので何が何だかわからなかった。理解して赤面した。でも、朱鳥さんが何でもないように笑ったから、私はさらに赤くなった――朱鳥さんは別に、恋愛がどうのという意味で好きと言ったのではないのだ。乙女心をもてあそんだ罪は重いわよ、悪気がないとしても!
「あ、なんかごめんなさい。・・・でも、そうか、呪いや怨念の類」
「心当たりがおありなの?」
朱鳥さんはしばらく黙って考え込んでいた。
小鳥の鳴き声や、小川の流れる音が聞こえる。この部屋の外にも、夢の世界が広がっているのか。
「あまり意識は向けないで」
はっと考えを遮られた。責めるような感じは一切ないのに厳しい目つきで、朱鳥さんは私を見た。
「自分は夢を見ているのだと常に言い聞かせて、忘れないで。夢に囚われてはいけない。おれのように」
おれのように?
朱鳥さんは眩しい光がさす窓のほうを向いた。
「この窓を開けても、そこの扉を出ても、夢の世界はあるよ。おれのように夢に囚われているひと――人間だけではないけど、そのひと達が暮らしているんだ。あまり詳しい事はあなたのために言えないけど」
「囚われているから、現実へ戻ってこれる時間が少ないの?」
「そう言える」
慎重に彼は話を進めた。
「おれは自分の意思で夢にのめりこんで囚われたわけじゃないから、のがれて、たまに現実へ戻ることが出来るんだ。縲はそれが出来なかった、自分から夢にのめりこんだからだ」
「縲さまは夢に囚われたの? この世界にいるの? この世界は・・・」
朱鳥さんは厳しく私を制した。
「夢の世界そのものに意識や興味は向けちゃいけない。この部屋の中だけは、おれとあなたの意識のおかげで、現実と夢が半分織り交ざったような状態だから平気だと思うけど」
「わかったわ。でも、縲さまは」
「この世界には、夢に囚われた人々以外に、ある特別な生き物がいるんだ。夢魔といって、現実世界では夢を喰う生き物として、おとぎ話に出てくる程度だろうが・・・実際には彼らは深遠なる夢に引きずり込む存在だ。どのように生まれて、どのように生きるのかは知らない。俺が知る夢魔はただひとり、縲と一緒に夢の奥底へ身を投じたひと」
「誰なの? 聞いても大丈夫?」
「楓王妃」

心臓が止まるかと思った。
「どういうこと?」
わけがわからない。楓王妃は人間で、縲さまのお母様で、ご病気で亡くなられたひとだ。朱鳥さんは手も足も使わずに(夢の中だからそれができる)椅子を動かして、私のそばへ来た。
「正確には、楓王妃の強い思いがどうにかなって生まれた夢魔、とでもいうのかな。難しくてよく言い表せないが・・・縲は当たり前だけれどそのことに気づかなかったし、その夢魔も、自分が楓王妃の強い意志が働いて生まれ、だから縲を強く愛したのだとは気付かなかったから。二人の間には純粋な恋愛感情と、現実と夢という生きる世界の差だけがあった。ついに縲は彼女の願いに応じて夢の奥底へ沈んだ。この世界にも、もう縲はいないよ。夢の世界にも多分、消滅はあるんだ」
何よりも一番、途方もない話だった。
メモ帳はないかしら? 事象も気持ちも整理しなければ、浮さんたちにちゃんと伝えられないかもしれない。慌てた私の手を握った朱鳥さんの手には、ちゃんと体温があった。でも夢の中のことなんでしょう、実際に私達は触れ合ってはいない。縲さまはそれでも、夢魔のありもしない体温を愛しいと思って、現実世界を死というかたちで抜け出し、夢の奥底へ沈んでいったのだろう。縲さまの生前の笑顔を思い出した。彼は温和でやさしかった。
「何だって強く願えば、叶えてくれる何かに届くんだとおれは思うよ。わが子を愛しいと思い、ついにその思いを死ぬ間際に夢魔へ・・・変えたか具現したかは知らないけど、とにかく楓王妃のように」
「朱鳥さんは何に囚われているの? 抜け出したいのよね?」
「勿論、おれは現実世界が好きだよ。もうそろそろ、唄にも会いたいし。・・・ああ、そういえば浮が、唄をわざと妹って言っている理由は知ってる? 知らなかったら土産話に、話すけれど」
「朱鳥さんは何に囚われているの、って私ちゃんと、聞いたわ」
確かに私はあまり頭がよくないけれど、はぐらかしてることに気付かないほど鈍くもないの。そう含ませると朱鳥さんは寂しそうに笑った。寂しかったら寂しいだけの顔をすればいいのに。怒ったときも彼は笑うんじゃないかしら、哀しいときだってきっと笑うに違いない。嬉しいときと楽しいときと、おかしい時だけに笑えばいいんだということを言おうと思ったけど、やめておいた。
それは現実世界でちゃんと声に出して言えばいい。
「答えて。夢から覚めたいんでしょう?」
わからないのなら、浮さんたちと突き止めてみせるから。
朱鳥さんは私の目をじっと見つめた。見つめ返した、照れくさくなかった。
「どうしてそんなに頑張ってくれるの? おれのため?」
「・・・・・・・・・」
朱鳥さんのため以外に何があるというのだろう。言おうと思ったけど止めた。
たとえ義兄でも、栖さんのことが好きで忘れられないのは今でも変わらない。だから朱鳥さんは恋愛対象ではない。それに、お話したのは現実と合わせてもこれが二回目だ。でも回数とか何の対象だとか、そういうのはどうでもいいと思う。
一呼吸おいたら、すらすらと口からついて出た。
「浮さんの力になりたいと思ったの。あのひと、最初はすごく腹が立ったけど、でもだんだん好きになった。その浮さんがすごく頑張っているから、私も力になりたいと思ったんだわ。あなた自身のこととか、あなたに対する私の気持ちとかはまだ掴めないし、わからないけど。ちゃんと言葉に出せる理由がないと、あなたのために何かしちゃいけない? そんなはずないわ」
「やっぱりおれは、あなたが好きだ。だから言いたくなかった」
「好きなら隠さないで。何を言いたくなかったのよ」
「一生醒めきることのない夢だってこと」
やっと彼は笑わずに気持ちをあらわした。悲しそうに言った。私は頬があつくなった、ああ涙が流れてるんだ。何も思う暇がなかったのに、先行して涙が流れるなんておかしな話。涙が出たから何だか少し悲しくなった気がする。夢の中でも現実的な感覚。ぬぐう朱鳥さんの指の感触まで。夢の中で私の涙が拭われていく。
「おれが囚われているのは楓王妃の怨念であることに間違いないと、おれも思うよ。けれどその王妃は・・・無意識だろうけれど、おれの母に対するすべての憎悪を呪いに変えて赤子だったおれを夢に縛りつけ、残るもう一つの強い思い、縲への愛を夢魔という形に変えて死んだ。そしてその夢魔は、縲と一緒に夢の奥底へと沈んだ。おれを夢に縛り付けたものは、夢に気化して消えたんだ」
「その夢魔にしか、呪いはとけないの?」
「夢魔ですらとけなかったかもしれないけれど。・・・とにかくおれは、執着だけで何とか現実に戻りながら、一生をこの夢の世界で過ごしてくんだと、思う」
それって悲しくないの。
「諦めるの?」
「諦めない。諦めは執着をなくすことだ」
「ちゃんと約束して。私も約束するから」
「何を?」
「どのくらい掛かっても、あなたをこの長い夢から解放する」
朱鳥さんは微笑んだ。
「約束」

 

 

目を覚ました。
メイドが控えめに私の顔を覗きこんで、微笑んでいた。
「おはようございます。すばらしいお天気ですよ」
「おはよう」
「うなされておりましたようですが・・・」
「そう? 良い夢をみたのだけれど」
夢で見たことは大体、起きてしまえば忘れるのだけれど、今日の夢だけは、はっきりと覚えている。
「もう朝食?」
「ええ、もうじき準備が整いますよ」
「私、浮さんたちと食べてくる」
メイドが目を見張った。通常は家族でとるものだけれど、家族とならいつだって一緒に食べられる。それより万が一忘れてしまわないうちに、朱鳥さんの言葉を浮さんに話しておきたかった。
「わかりました。・・・ところで最近、旦那さまが心配なさっていらっしゃるようですよ」
「なにを?」
「お嬢様はよく医療部屋に入り浸っていらっしゃいますし、旦那さまともお話することが少ないのだそうで・・・」
「別に浮さんと恋人同士というわけではないから安心して。あとこの年頃の娘は父親離れが激しいのよと言ってやって頂戴」
ぽかんとしているメイドを置いてさっさと身支度をすると、私は窓を開けて中庭を見下ろす。
高志医師の毎朝の日課に付き合ってか、軽く身体を動かしている浮さんと目があった。
口を動かして、あえたか、とからかう様に笑う彼に、あえたわ、と返した。すぐに翻して鏡の中を一度覗き込むと、メイドに「よろしくね」と言い置いて、私は階段を駆け下りていく。足取りが軽い。
「約束」
繰り返す。本当にこの耳で聞いたかのように、朱鳥さんの声が響く。
悲観なんてしていない。

 

  

 

 

 

 

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