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夜会に来ていた人々は、夜会の主人がお披露目した見事な粒ぞろいの真珠に感嘆したのと同じくらい、『宮殿に連れられてきた蛮族』のことにも興味を示した。
適当な言葉で質問や皮肉を交わしながら(私は直情的だけれど、本当にくだらないことには何もかもが醒めて相手にしなくなる性質だ。これだけは家庭教師たちにも褒められた)、早いところで退散できないかしらと考えていた。親しい友人も、風邪だとか何とかで今日は来ていない。今度、お見舞いを持ってあがろう。好奇心旺盛な彼女のことだから、私が婚約者云々でもめた立場に置かれているのを知って、むずがゆい思いでいるに違いない。
「愛結さま。お屋敷から使者がまいっております」
「ありがとう、行きますわ」
使者? 何かあったのだろうか。怪訝に思いつつホールを出て玄関まで行くと、品のよいスーツに身を包んで澄まし顔で立っているのは、浮さんだった。
思わず笑ってしまいそうになりながら、受付係たちに変に思われないよう、わざと私も済まして応対した。
「何かありましたの?」
「奥方様がお呼びでして。――いえ、急病などではないのですが」
「わかったわ。――そんなわけでもう失礼いたしますわ。絢路さまにどうぞよろしく」
最後のほうは受付係に言って、私と浮さんは外へ出た。ちゃんと小さな二輪馬車が待っていた。浮さんのエスコートで乗り、御者が鞭をうって軽快に走り出す。
私はほっと息を吐いて笑った。浮さんもにやっと笑った。
「びっくりした! どうかしたの?」
「思いのほか早くに情報が集まってね。それで、朱鳥に会いにいく前に、お嬢さんも知っておきたいだろうなあと思って、もし夜会がつまらなさそうなものだったら連れ去ろうと思っていたのさ。案の定、窓から覗いてみたら、えっらく詰まらなさそうな顔で突っ立ってるから」
「ええ、つまらなかったわ。みんな、朱鳥さんのことを知りたがって、そうでなければ王妃さまだのとからかったり、皮肉を言ったりするのだもの。くだらないわ、本当に。ばかみたい」
と憤慨すると、御者台で笑い声が聞こえた。
聞き慣れない声だ。訝ってできた沈黙に、楽しそうな声がひびく。
「ああ、すんませんねお嬢さん。いや驚いて」
「わかったか? こんな気性の荒いご令嬢なんだぞ」
浮さんを睨みつけてから、布をまくって御者台の男性を見た。見慣れない人で、やはり浮さんや朱鳥さんのように彫りの深い顔立ちをしている。とりたてて美男というわけではなかったが、聡そうな、印象的な目をした人だった。
「もうすぐ朱鳥さまが我々のところにお戻りになるというので、助太刀にあがったんです」
「朱鳥さま? 彼、偉い方なの? 浮さんは呼び捨てにしているのに」
浮さんに訊いた。御者の彼が、ケラケラと笑いながら答えてくれた。
気持ちのいい笑い方をするひとだ。
「いや、俺は朱鳥さまに仕える立場の者なんでね、つい」
「そうなのですか。不躾に、失礼いたしました」
「そんな畏まらなくても」
流浪の民特有の軽快さで、御者の彼は再び笑い飛ばした。
やがて屋敷に到着し、メイドたちが出迎えてくる。
「お帰りなさいませ、愛結お嬢様。お早いお戻りでしたわね」
「あまり愉しいものではなかったの。あまり食べてもいないし、何か軽食を用意していただける? 中庭で食べるわ」
「お寒くはないですか?」
「平気。でも一応、ブランケットは用意してくれるとうれしいわ」
「かしこまりました」
ドレスのショールはアクセサリーの要素が強すぎて、あまり夜風に対抗する盾にはならなさそうだ。浮さんが中庭のほうへ歩いていって、小さな証明を点けた。それから、御者のひとと二人で、医療小屋に隠れて屋敷からは見えない場所に中庭のテーブルを移してくれた。もし屋敷から見えたとしても、お父様たちは高志医師と語り合っているようにしか思わないだろう。
私はメイドからサンドイッチとチョコレート、ホットミルクを受け取って、浮さんと御者さんが待っている中庭のテーブルに着いた。
「信じられない話かもしれないが」
浮さんはそこで切って、しばらく思い悩むように口をつぐんだ。御者のひとは神妙な顔つきで黙って聞いている。私もそれに倣った。
「朱鳥の、あの病気は、呪いだと俺は思う」
「呪い?」
「楓王妃・・・もしくは快さん。互いに夫と、妻と結ばれていたはずなのに、結局は浮気されて悲恋に終わった二人の怨念」
ロマンチックなことを言い過ぎか?
浮さんはまだ迷っているかのように、私に頼りなく訊いた。私は思いっきり首を振った。
「そんなことない。浮さんがそう思ったなら、そう思っただけの理由があるんでしょう? それを訊かせてほしいわ。最初から、ありえないとか、ばかなことだなんて笑ったりしないわ」
頼りになる印象しかなかった浮さんが出した弱気な一面をかいま見て、私は思わず身を乗り出しながら言った。浮さんを励ます力になりたい。
浮さんは、ふっと笑って私を見た。いつもの余裕さを含んだ瞳が戻った。
「どうもありがとう、お嬢さん」
「丸くなったなあ、浮。昔は近づいてくる女の子には皆とげとげしかったくせに」
「そうなんですか?」
「余計なこと言うなよ、栓」
「唄に誠意を見せるためだったって、俺らはちゃーんとわかってたけどな」
そういえば結局、浮さんが、その唄さんという人を妹と偽っていた理由はなんだったのだろう。気になって浮さんを見たが、絶対いわないぞという顔をしていた。子供っぽくて面白い。
「お嬢さん、何笑ってやがる」
「なんでも」
「話ずれたな、すまん浮。戻してくれ」
御者の彼は栓さんというらしい。浮さんと特に親しげな様子がよくわかった。
「ああ、そうだな。・・・昔話、朱鳥たちが生まれる前に話はさかのぼるんだが」
浮さんは静かに話し始めた。
今から十九年前、ここ火旺国の国王夫妻・狭霧と楓に跡継ぎが生まれた。
幼名を繋糸といった――後の縲王子だ。
病弱というほどではないが、身体の弱めだったらしい王妃には待望の子供だったという。国王も大層かわいがり、国じゅうが幸福に包まれた。
その一年後、丁度、このあたりを流浪していた――便宜上、蛮族と称そう。俺たちは自分たちを指す言葉がないからな。その蛮族のとある夫婦に娘が生まれた。娘は唄と名付けられた。唄の父親は一族でも頼られていた人物・快で、母親は美しい歌姫・櫻だった。
蛮族たちは火旺国へいった。丁度、噂を聞きつけた国王夫妻が、彼らを王宮にまねいた。
その頃、縲王子の生誕日が迫っていた。
『すばらしい歌姫がいるというな。わが息子のために、歌を披露してはくれないか』
その国王の頼みに、一族のまとめ役といってもよかった若者、歌姫の夫でもある快は笑顔で承諾し、妻にそのことを言った。妻も頷いて、その日のうちに打ち合わせのために王宮へ出向いた。ほかの蛮族たちは、宴の見世物の準備のために、蛮族のベースにとどまっていた。
誰かが櫻と共に行けば、防げたかもしれない悲劇だ。――そうしたら朱鳥は生まれていなかったがな。
「じゃあ、その時に・・・」
「子を成したとみて間違いない。一目で惚れたんだろうな」
「俺らぁ当時はガキだったけど、俺らの目からみても、櫻さんは綺麗な人だったよな。妖艶つうか・・・なにか惑わすものを持ってんだな。こう言っちゃあれだが、王様はそれに、やられちまったってわけだ」
栓さんの言葉に、浮さんも同意のうなずきを返した。
「話を続けるぞ」
宴そのものは無事に終わった。何も知らない楓王妃は素直に蛮族の歌姫を賞賛し、また来てくれるように頼んだ。櫻もそれに応じた。
蛮族は流浪しているが、当時から、この大陸から出る事はあまりなかった。この大陸じたいが、他の大陸よりも広いものだし、様々な儀式の関係もあって、ほとんど大陸中を流浪しているだけだった。だから火旺国にだって行こうと思えば、いつでも行けたわけだ。
宴のあと一年ほどしてから、歌姫が子を生んだ。金髪の子だったが、目の色は青かった。櫻も快も茶色の目だ、遺伝について当時は詳しく知られていなかったが、訝られたことは間違いない。それでも子は『朱鳥』と名付けられ、大事に育てられた。
やがて、縲王子――まだ繋糸という名だったが――の四度目の生誕日が来た。その頃やはり近くを流浪していた蛮族たちに、王妃は書状を送った。ぜひ来てほしい、との内容だった。
王はとやかく言う性格ではなかったし、蛮族を歓迎していたからと、王妃は王には相談せずに送ってからことを話した。王は、意外な事態に狼狽したのだろう、王妃は変だと当時の女中に言っていたという。
やがて日は来た。二人の子を連れた歌姫は、見事な歌と舞いを披露した。
その後、国王夫妻の前に呼ばれた歌姫は、ふたりの子を紹介した。当時はまだ何の病気にも掛かっていなかった、唄と朱鳥だ。ふたりは似ていなかった。むしろ朱鳥は、青い目といい顔立ちといい、どことなく縲王子にそっくりだった。縲王子は、国王に似ていた。
無論、訝ったのは楓王妃だけではない。歌姫の夫である快もそうだった。しかし信じられない疑惑に首を振り、その日は王宮内の敷地に留めてもらって、蛮族たちは王宮の者たちと宴をひらいていた。二次会ってやつだな、まあそれはいい。
そのとき朱鳥と唄は、俺と遊んでいたのをよく憶えている。俺と栓はガキだったが、まあ、自分達でいうのも何だが剣舞が得意でな、披露したりしていたから、宴にも一人前に参加していた。十年以上も前のことだがよく憶えてる、両親がいなくて心細く寄り添っていた朱鳥と唄を見つけて、俺が遊んでいたんだ。そう、櫻さんも快さんもいなかった。
それは確かめの事柄として置いておくが。
俺が気付いたその少し前だと思うが、快は、櫻がいないことに気付いた。騒いでいる周囲は気付いていないが、しばらく前から見ていないように感じた。どこにいる? 探しに立った快は中庭を探したが、見当らない。もしや王妃と話しているのではないかと、門番に聞いてみると、確かに櫻は王宮に入って行ったという。快も王宮に入った。王妃の部屋ちかくまで行った。
快は王妃の女中に話しかけた――すると櫻は来ていないという。それどころか国王もいなくて、王妃が心配しているといった。快は王妃に謁見し、事情を話した。
ふたりとも口にはしなかったが、疑惑があった――王妃は朱鳥という子を、快は縲という子を見て、その疑惑は一気に膨れ上がった。ふたりとも父親似だったんだ。櫻は金髪でその子供の朱鳥も金髪、楓王妃は黒髪で縲も黒髪。そこまではいいが、ふたりとも青い目だった。青い目を持つのは、四人の男女の中では狭霧国王しかいなかった。
恐ろしい疑惑だったが、二人は決心して、櫻と国王を探すことにした。王妃の腹心の女中はひきとどめられたが、後のどんな罰も覚悟して二人についていくことに決めた。様子も成り行きも、明らかに危険だったからだ。そうして、あかりの消えた、人もいない暗い城を探し回る二人のあとに女中も隠れながついて行った。二人はやがて、城の奥の方にある客間のひとつに辿り着いた。
そこでみた光景は、二人の疑惑を確信させるものだった。生々しいことを言っても仕方がないから省略するが、まあ不義の現場だったんだな。王妃は狂ったように叫び、快は異様な雰囲気をまとったまま押し黙っていたという。
そして沈黙のあと――櫻は平気な顔をして、笑ったというんだ。それどころか、まるでいたずらがばれたかのように、『見付かってしまったわ』と肩をすくめたという。言いわけもせず黙っている国王を見つめたあとに、王妃は気絶した。快は支えることもなく二人を凝視していた。女中は慌てて出て行って、王妃を介抱したという。
その時は奇跡的になにも起こらずに済んだ。まったくの部外者である女中の存在が、何らかの抑止力となってそうなったのだろうと俺は思うが。
しかしその時から、快さんは様子がおかしくなっていった。目をぎらぎらさせて、怖い顔をすることが多くなった。かと思えば、妙に愛想よくにこにこしていることもあった。櫻さんは悪びれずに平気な顔をして、その後も流浪の興行先で、浮気なんかを繰り返していたようだ。美しさを持て余していたんだな。性病や妊娠などを心配して咎めた高志医師に、ひとりの男に鑑賞されるだけでは足りない、と言ったこともあったようだ。そんな奔放な女性だった。
その一年後だった。徐々に狂い始めていた快さんが、ついに発狂した。櫻さんを殺し、自分も死んだ。俺たちも含めて相当なショックを与えた事件だったが、朱鳥はまだ三歳、唄も四歳だったから物事はわからなかった。――この頃から、朱鳥は滅多に目を覚まさなくなった。高志医師の当時つけていたカルテにも残っている。
さらにその翌年から、気を病んだ楓王妃は徐々に身体も病気に蝕まれていった。女中の話では、悪夢を頻繁に見るようになったらしかった。それと同時に、憎いとか哀しいといったこともよくうわ言のように呟いていたらしい。この頃から唄が眠れなくなってきた。これも高志医師の記録に残っている。
遂に翌年、縲王子が七歳、唄が六歳、完全に過眠症となった朱鳥が五歳のとき。楓王妃は病没し、ほぼ同時期に唄は完全に不眠症になった。
これが、この国に来てから今までに知りえた話のすべてだ。
壮絶な話だった。
何も言えずにいる私と栓さんに、浮さんは言った。
「楓王妃が病没した八年後に、縲王子は何らかの理由で死亡するのだが、そこまではわからなかった。俺がこの話を聞いたのは、流浪の民の大人たち、それから高志医師と、話の途中になんども出てくる王妃の女中からだ。細かいところは違うかもしれないし、俺や彼らの想像も入り込んでいると思う。しかし、快さんと櫻さんが亡くなった頃に朱鳥が過眠症の症状を表し始め、さらに楓王妃が亡くなった頃から唄が不眠症の症状を出したことだけは事実だ」
「・・・・・・思い出した。言っていたな、快さん。『のろってやる』って」
「朱鳥は自分の子じゃなかった。浮気した不義な妻と浮気相手の子だった。本当に、怨念や呪いの類があるとしたなら・・・」
「楓王妃もそうだ。唄は、夫の浮気相手である憎き女の子供だった」
「そんなの、朱鳥さんも唄さんも悪いことじゃないのに・・・」
思わず涙ぐみそうになりながら、言った。同情心というよりは、話の凄まじさに泣きそうだった。
「これしか理由がつかないんだ。詩絵お嬢さんの言うとおり、東に行けば解明されるようなものかもしれないが・・・でも俺はそんな気がしない。だから明日、朱鳥に会いに行ったら、夢の内容を訊くつもりだ。それでどうにかなるか知らないが・・・朱鳥自身の話も、聞いてみたいしな。あいつはこの現実世界よりも、夢の世界で生きるほうが長い。なにか鍵があるかもしれない」
私も栓さんも頷いた。
科学的な根拠がどうのと叫ばれている今日、科学的なことだけで説明がつかないことだって沢山あるに違いない。もしくはこのことだって、科学的に説明できる根拠などがあるのだろうが、それだけの力量を私達が持っていないだけに違いない。
大人たちの凄まじい悲恋の果ての怨念だ。
私もそう思った。
「でも、明日行って、朱鳥さんが目覚めていなかったらどうするの?」
「何度でも通わせてもらうさ、起きている時に会うまで」
「夢で会えないかしら」
何気なく言うと、浮さんと栓さんは私をじっと見た。そして笑った。
「会えるかもな、お嬢さんなら」
「それどういう意味?」
「大人にはどうしようもないが、まだ純真な心を持ってるお嬢さんなら、願えば夢で朱鳥と会えるかもしれないなってことだ」
半分からかい口調だ。
でも、もう半分はそうだと良いなと思ってる様子がありありとみえた。
「そうね」
私はあの目が覚めるような青い瞳を思い出した。
朱鳥さん。
起きていられなくても、夢の中で会って、私にお話を聞かせてほしい。
「・・・もう、寝る支度をするわ。浮さん栓さん、おやすみなさい」
「あいよ、おやすみ、お嬢さん」
「どうかよい夢を」
二人に笑いかけて、温まったブランケットを抱えると、私は屋敷へ駆け戻った。
かならず会える様な気がした。
私も夢見がちだなあと思って、自然と笑みが浮かんだ。
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