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真っ白な封筒の宛名には整然とした字で私の名前。
開けば、ほのかに花の香りがする、淡いブルーの便箋が二枚。
私はそれを浮さんに渡した。

 

 

愛結

久しぶりの手紙、とても楽しく読ませていただきました。
いつも、私からも出そうと思ってはいるのだけれど、その都度なにか別のことに気をとられて、結局はあなたからの手紙が先に着くということになってしまっています。
月ごとに絶えず来るあなたの手紙が、もう二月も来ないので、私のほうで手紙をしたためて切手も貼っておいた手紙があるのに、出そうと思って外出したら、すばらしい構図が思い浮かんでしまって、すっかりそのことに夢中になってしまったのです。その構図は結局、彫刻で表すには難しいから、(シズカ)さんにお願いして絵に描いてもらうことにしました。
静さんといえば、ちょうどあなたの手紙が届いた頃に弟さんの(スミカ)さんが遊びに来ていて、あなたによろしくと言っていました。私も久々にあなたに会いたいけれど、私たちがお屋敷に帰ることは難しいから、あなたがいつか、こちらへ遊びに来るのを待っています。

さて、質問いただいたことだけれど。
生前の縲さまに一番最後にお会いしたのは、狭霧陛下を除けば、私ということになります。あなたも知っていると思うけれど、私と縲さまは哲学や芸術に関して志向を持っていて、よく議論したりもしましたから、その日も、私たちは王宮の書庫で、古書の解読をしつつ議論していました。
その古書の内容は忘れてしまったけれど、縲さまには当時、お亡くなりになる三月ほど前からかしら、ある分野に対して非常に興味を示されていたことを、よく憶えています。最初は、宗教かと思ったのだけれど、その次には人間の生態、精神といった感じでよく移ろっていって、最終的には、殿下は『夢』という分野で、その探求心をとどめられました。
だから、あなたが縲さまの『睡眠』に関して手紙で訊ねてきたときは、思わずはっとしました。でも、残念ながら(というべきなのかしら?)縲さまはいわゆる睡眠障害の類には悩まされていなかったはずです。すくなくとも、ご本人が苦痛に思われているという事実はなかったように見受けられます。あなたが私の洞察力を認めてくれるならば、信じてくださって構いません。

でも、狭霧陛下のお子がもう一人いらっしゃって、それがあなたの婚約者ということになっているなんて、なんだか途方もない話のように思えますね。あなたは、あの狭霧陛下がべつの女性との間に子を成したということが不思議で、納得いかないように思われている節もあるようだけれど、実は――こういった根拠のはっきりしないゴシップは好むところではないけれど――、国王夫妻と、べつのとある夫妻との間で、なにか不義の問題が起こったという話を、昔きいたことがあるのです。二組の男女の間に、それぞれ片親の違う子が三人生まれたというのです。根拠もないひどい噂話で、すぐに打ち消されたというお話だけれど。私は王宮でメイドたちが立ち話しているのを、そっと聞きました。これはあまり趣味のいいことではないので人にはあまり言いたくないことなのですけれど。ともかく、その話の内容からしても、当時の私は本気で受け取ったりはしませんでした。
けれど、その朱鳥さんという方は縲さまとは腹違いの兄弟ということ、そして生前の(カエデ)さまの、病没に向かっていく恐ろしい姿を思い出したいまでは、その噂話も、もしかしたら・・・と思ってしまいます。

さあ、いやな噂話(ということにしておきましょう)は、この辺にとどめておくのが良いことだと思います。
いま、あなたはなにか問題を抱えているような感じだけれど、浮さんという方は良心のある人なようで、一安心しました。浮さんと、朱鳥さんという方によろしくお伝えください。

大羽(オオバ) 詩絵◆◆◆

追伸

さきほど睡眠障害という単語を使ったけれど、他人よりも眠れなかったり、逆に眠りすぎてしまったり、睡眠途中で目が覚めてしまったり、極端に早起きだったりすることを一纏めに、そう称するのだそうです。そちらや、私のいま暮らしているエウール公国では、そういった事柄に関する医学は進歩していませんが、海をわたった東のほうでは、そういった障害に対する研究や治療がさかんに行われているのだそうです。
ですから、朱鳥さんの治療を望むなら、この地方にいるよりも、海をわたって東に言ったほうがよろしいのではないかと、浮さんにお伝えください。

 

 

お姉様からの手紙を読み終えた浮さんは、気難しそうな顔をしてしばらく黙っていた。今にも唸りだしそうな気配だ。私は、メイドが用意してくれた紅茶をシュガースティックでかき混ぜた。何本とかしたかわからないが、とにかく甘すぎて飲めない代物になってしまっただろう。
「・・・知りたかったことのうち、なにかわかったこと、あった?」
私がそう訊くと、しばらくしたのち、彼はやっと沈黙を破った。
「多分あった。やや足りないが、それは朱鳥には関係のないことかもしれない。しかし、夢・・・二組の両親、三人の子供・・・親は全員が死んでいる・・・」
「浮さん知ってるの?」
「二組の両親、まあつまりは二組の夫婦。そこからそれぞれ一人ずつ生まれて、それから二組の男女のうち、もともとペアでなかったはずの一組の男女から、不義の子がひとり」
「彼ね」
「お嬢さんもいい加減、代名詞じゃなくてちゃんと名前を使ったらどうだ?」
「なんて呼んだらいいのか、わからないもの」
「じゃあ、朱鳥でいいだろう。勝手に呼んだところで、怒るような気性じゃない」
「ええと・・・それで、二組の男女のうち一組は、縲さまのご両親、つまり、国王夫妻ってことね? で、もう一組の男女のうちの女性のほうは、朱鳥さんの母親。その女性の夫が、もう一人の子の父親。結構まぎらわしいわね」
浮さんは頷いた。
そしてそれきり黙った。
私は浮さんが、私に何かを話そうか話すまいかを迷っているように思えた。訊きたくなったけれど、お姉様ならきっと黙って待っているなと思って、私もその通りに待った。午後の中庭に爽やかな風が吹いた。
「国王夫妻の名前は、父親が『狭霧』。母親が『楓』。ふたりの間に生まれた子は『縲』。
いわゆる妾腹の子『朱鳥』の両親は、父親が狭霧国王、母親の名は『(サクラ)』。
そして櫻の夫の名は『(カイ)』。ふたりの間に生まれた子は『唄』」
「唄って・・・浮さんの妹さんじゃない」
「唄は俺の妹じゃない、朱鳥の父親違いの姉なんだ。嘘言って悪かった」
――唄はわたさない。
そう言った朱鳥さんの真剣な目が、ふと思い浮かんだが、すぐに消えた。
「その辺の事情は訊かないでおいてくれ。――ともかく、狭霧、楓、快、櫻というのが問題の『二組の男女』の名前だ。生まれたのは縲が一番最初、一年遅れて唄が生まれ、そして朱鳥が生まれた。朱鳥の存在はこの王国には狭霧国王を除いて知る者はなかったが、流浪の民たちの間では知らない者はなかった。誰もが、誰もが櫻さんと快さんの子、唄の血の繋がった弟だと思っていたんだが・・・」
疲れたように浮さんは溜息を吐いた。私はクッキーを勧めたが、浮さんは断った。
「まあ、それはいいな。とにかく現在はその四人ともが死亡しているんだ。狭霧国王は病死といったが間違いないな?」
「疲労と重なってひどくなったそうよ」
「それならいい。後の三人が・・・。まず、朱鳥と唄の母親である櫻さんは、殺された」
「殺された?」
「夫である快さんに。そしてその後、快さんは自殺した」
すさまじい話に、私は背筋がぞっとするのを感じた。殺人、自殺。普通に過ごしていれば聞きなれない言葉である。
「どうして、快さんという男性は、櫻さんを殺したの?」
「櫻さんは浮気性というか・・・奔放な女性でね。そしてとても情熱的で、美しかった。快さんも優れた容貌で、まじめで気のいい人だった。だが少しまじめすぎて、恋愛や性に対しても奔放な櫻さんが、とある国の国王の子を宿したとまでなると、耐え切れなくて・・・発狂したんだな」
「ひどい・・・」
「まともな死に方じゃなかった、二人とも。俺はまだガキだったんだが・・・・ああ。それにしても、国王夫妻の奥さんの方、楓王妃も、狭霧国王と同じく病死だったんだな? 詩絵お嬢さんの手紙には、なにやら気になることが書いてあるが」
「ご病気になってからは、私は会わせていただけなかったの。子供だったし・・・」
「いつ頃亡くなったんだ?」
「縲さまがまだ幼子の時だったと思うわ」
「詩絵お嬢さんの手紙待ちというのも、もどかしいことだな。しかしその後の文脈からも察するに、精神を病んだ上での死亡だったんだろう。詩絵お嬢さんが噂話を信ずるほどだったのだから、恐らくは、快さんと同様に、国王のあやまちが耐え切れなかったに違いない、と推測する」
「それにしても、ひどくて、まぎらわしい話ね」
「ま、今日のしめくくりとして図に起こしてみるか。・・・医者というと結構いろいろ誤解されるんだが、俺はそんなにいい頭を持っていないんでな。よくこうするんだ」
「あら、図に書いて整理するのはいいことだと思うわ。気持ちの整理もつくし、ってお姉様も言っていたし。どんなに頭のいいひとだって、することだと思うわ」
「そんな必死にフォローしてくれなくてもな」
そんなつもりではなかったのだけど!
顔をあかくすると、浮さんはケラケラと笑いながら、白衣のポケットに入れていた手帳をとりだし、ページを破いて、さらさらと図を描いた。



「っと、こんなもんだな」
「何だか・・・嘘みたいな図ね」
「事実は小説より奇なり」
浮さんはお姉様の手紙を私に返してくれた。
「今夜は、夜会があるんだったな?」
「ええ。残念だけど、朱鳥さんのところへは行けないの」
「明日また同行させてもらえるか。確かめたいことがある」
「わかりました」
夜会とはいえ、黄昏時には向こうのお屋敷に着いていなければいけない。
おめかしの為にメイドに呼ばれて、私は立ち上がって行きかけたが、どうしても訊きたかったことがあったので、引き返して浮さんに訊ねた。
「浮さんは、朱鳥さんたち三人のご両親たちのことが、朱鳥さんや唄さんの・・・ええと、睡眠障害? に、なにか関係あると考えているの?」
「そうだなあ」
浮さんは呟くように言った。
「お嬢さんは『呪い』や『怨念』を信じるかい?」

驚いて目を見張った私に、浮さんはいつもの軽率さで笑ってみせた。
「流浪の仲間たちに当たらなければいけない事柄がいくつか出来た。明日の夜までという猶予はちょうどいいな・・・さてお嬢さん、小難しそうな顔はやめて、晴れやかな顔で夜会を楽しんでおいで。その好奇心は少しの間だけ、必死にひた隠すといいさ」

 

  

 

 

 

 

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