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自分がつくづく不遇だと思った。
愛するひとがいながら、政略のためだけに結婚させられてしまうのだ。しかも、その相手が、どこかから連れられてきた、蛮族の男だという。
「お父様とお母様は、私を愛していないのですか!」
「愛結! 少しは落ち着いて、話を聞きなさい!」
顔を真っ赤にして怒る父親と、すすり泣いているばかりの母親を置いて、私は居間を出て行った。私が生まれる百年以上も前から固められた不動の階級制度に浸ってきた人達では、全くもって話にならない!
屋敷を飛び出て中庭を突っ切り、ノックもなしに『医療部屋』に飛び込んできた私を迎えた高志医師は、私の話を聞いて、豊かな白ひげをそっと撫でた。気難しそうな顔をしていて、私は嫌な予感に顔をしかめる。
「まさか高志医師も、お父様たちの言う通りだと仰るの?」
「・・・愛結お嬢様。前王の狭霧国王陛下、その御子である縲殿下が崩御されてから、国はいま混沌状態にあるのです。王政廃止すべきだとの社会派と、このまま王政を維持し続けていくべきだとの王党派にわかれて、水面下で激しい争いが続いています。・・・王位継承者もなしに、王政を続けていくのは不可能に近いとのことから、現在では少数派ながら社会派の方が勢力を増してきています」
「王位継承者くらい、誰かが推薦したらいいじゃないの」
「他国ならば、大抵はその方法をとります。しかし我が国は、完全なる血統主義。貴族の子は貴族、平民の子は平民。外国人の子は外国人の子。・・・王族の血を少しも引かぬ者に王位は継承させぬとの考えを持つ平民や貴族は多くいます」
私は正直、興味がもてないせいもあってか、政治やそういった類の話は不得意だ。姉とは違って、勉強そのものすら好きになれないのだが、納得いかないことがあればすぐ反論してやろうと、頑張ってその話を飲み込んだ。
「でも・・・どうして私が結婚しなくてはならないの? そのうえ、相手は蛮族の男だと言うじゃない。そんな下賎の者が、王位を継いで、国民たちは何も言わないの?」
「蛮族というのは、確かに蔑称としても使われる場合がありますが、この場合は『未開の地の種族』との意で使われていますよ、愛結お嬢様。それに彼らは・・・定住の地をもたず流浪こそしていますが、非常に賢く、教養豊かな者たちが揃っていることは確認済です。王宮に連れてこられた者は、まぎれもなく国王の血を引いておりますし、何でも、宮廷音楽家ですら舌を巻くほどの、竪琴の名手だとか――」
「そんなことはどうでもいいの! 得体も知れぬ者と、私が、どうして結婚しなければならないの! 私が愛しているのはあの方だけだわ。高志医師も、よく知っているでしょう・・・」
「・・・。お父上が公爵だということも、よくご存知ですね。王族に一番近い立場であり、かつ突然現れた王位継承資格を持つ者と結婚できる娘がいるのは、この鳳一族であり、その娘というのが愛結お嬢様なのです。詩絵お嬢様は、もうご結婚なさってしまったのですから」
沈黙が訪れた。目の際があつい。真っ白な机に項垂れた私の涙が落ちて、高志医師が席を立った。特に涙を我慢できる術を持ってもいないのに、プライドが高く涙を見られたくない私の性格を、医師は家族よりもよく知っていた。唇を噛んで悔しさを紛らわせようとする。私が愛するのは、若草色の瞳を持った、あのひとだけなのに。どうして。どうして――
「どうして、鳳なんかに生まれたの・・・」
「お嬢様。お茶をどうぞお召し上がり下さい」
少し落ち着いた。高志医師がミルクティーを持って、やってきた。
「鳳に生まれなければ、お嬢様は綺麗なお召し物をまとい、働かずとも美食をとることなど出来なかったのですよ。一時、外交が乱れ世間を不況の波が襲っても、お嬢様や貴族の皆様は何ら変わりのない生活をしておられましたでしょう」
「そんなの・・・悪いことだというの?」
「いいえ」
「貴族はみな、そうなのでしょう? 平民より良い生活をしているのは当然じゃない・・・」
「そうですね。そして、言ってしまえば、政略結婚もまた貴族にとっては当然のことなのです」
当然とは何か――あたりまえ、なことだ。そんなのは私でもわかる。
けれど、さきほど自分で口に出したにもかかわらず、何だか引っかかる単語に思えた。
高志医師は、私の顔を見てはっきりと言った。
「あなたのご両親もそうなのですよ。貴族に恋愛結婚など、そうあるものではない」
――貴族の生活を当然のように享受しているのだから、政略結婚もまた享受なさい、と言った。
「・・・・・・!」
「高志さん、それは言い過ぎだと思うよ」
予期せぬ第三者の登場で、私の心臓は二倍に跳ねた。いつの間にか――最初からいたのかもしれない。背の高いすらりとした、白衣を着た男が、別室の入口に立っていた。見た目は私よりも十歳ほど年上かもしれない。彫りの深い顔つきはいかにも外国人っぽくて、見慣れなかった。
男がそこにいることを確認したとたん、激昂が襲ってくる。
「あなた・・・! 話を聞いていたの! 無礼者!」
「気分を害されたなら申し訳ない。しかしノックもせずに飛び込んでくるお嬢さんは、果たして無礼者とは言わないのかな」
私はうっと詰まった。言われたとおりだ、いくら付き合いが長いとはいえ、私は高志医師に失礼をしたことは確かだった。顔があかくなる。男は飄々とした悪びれない雰囲気で、そんな私を見て軽快に笑った。高志医師が、溜息と共に彼の名前らしきものを呟いた。彼は私に一礼した。
「浮と言います、愛結お嬢様。医学の勉強のために、しばらく高志さんのところにお世話になることになりました。どうぞよろしく」
「・・・ええ」
「お話の続きをなさるなら、今度こそ出て行こうか。この家には入口は、不便なことに一つしかないからね。なあ、高志さん」
「一つで十分じゃろうが。裏口があろうがなかろうが、どっちみち外は鳳家の中庭だ」
「確かに」
「私――もう失礼するわ」
私はなんだか、急に逃げ出したい気分になって立ち上がった。そのまま結局、高志医師の出してくれたミルクティーには一口もつけないで、扉を開ける。
「ちょっと待って!」
浮さんに呼び止められて、私は反射的に立ち止まったが、振り返りはしなかった。
「何か?」
これも失礼にあたるが、向こうだって盗み聞き(のようなものだ、結局は黙って聞いていたのだから)したのだから構わない。私の無礼にも、少しも気にする様子のない声色で、浮さんは言った。
「今晩、あなたの婚約者に会いに行くのだろう。俺も一緒に行っていいかな」
「会いにいくですって? そんなわけ・・・」
「行く約束だったろう。あなたは行かなければ。さもないと、鳳はひどい批判を受けることになるからね。ご両親だけでなくあなたも、大いに困ることになるよ」
私は気が付けば振り返っていて、力いっぱいに浮さんの頬をひっぱたいていた。手のひらがじわじわと痺れる。随分と大きな乾いた音がしたけれど、浮さんは少しも怒ったり動じたりしないで、むしろ笑ってみせたほどだった。
「それくらいの元気があれば平気だな。じゃあ、また夜に」
そのあとも何か言っていたけれど、私は最後まで聞かずに、屋敷の自室に駆け戻った。無性に腹が立つ。あんな男、一度ひっぱたく位では済まされないほどだ。
しかも私にとっては余計腹立たしいことに、夕食も終えて自室に戻ったとき、侍女たちが余所行きのドレスや化粧道具を持って待ち構えていたのだった。
「行かないわよ」
「わがままを仰らないで、愛結お嬢様」
浮さんの言った通りだ。
無性に腹が立った。
なかば強制的に盛装させられて、近所に住んでいる――内心きっと嘲笑っている者も少なくないはずの――他の貴族紳士や淑女たちに見送られて、浮さんのエスコートを受けて王宮へ出向いた。正門をくぐり、兵士の案内をことわって歩き出したとき、浮さんがケラケラと笑った。
「せめて膨れっ面はやめた方がいい。そのうち家畜のような顔になるぞ」
「おだまりなさい! 本当に失礼な方だわ」
「そうかね」
「そうよ」
浮さんは何がそんなに面白いのかというくらいによく笑うひとだ。顔の力を抜いてみてというと、笑顔が残るんじゃないかというくらい。
「あなたは随分、姉の詩絵お嬢さんとは大違いらしいね。高志さんが苦笑いしていたよ。詩絵お嬢さんは豊かな教養があったのに、社交界が苦手だからと他国の総合芸術大学へ進学して学生結婚。あなたはあなたで、社交界では華々しいものの、多少お転婆で怒りっぽい、ってね」
「どうせ詩絵お姉様は、お世辞ばかりの社交界なんか合わなかったわ」
「それは高志さんも言っていたな。どんなひとだったんだ?」
「お姉様は・・・静かなお部屋で、ピアノを弾いているのがとても似合う人だった。たまに外出しては、木くずだらけになって、大木に彫刻を施したり、粘土をねったりするのが好きで、それでもとても美しい人だったもの。結婚する相手だって、学生で他国の庶民だけど、聡明で物静かで詩絵お姉様にぴったりな人だったのよ。なのにお父様は、外面ばっかり気にしてなかなか承諾しなかった。・・・愛し合っているのだもの、一緒になることの何がいけないのかしら。平民より豊かな生活をしているからといって、政略結婚を甘んじて享受などしたくないわ」
「お姉さんとは仲が良かったのか?」
「・・・仲がいいというか・・・優しくしてくれたし、何より私は小さい頃からお姉様に憧れていたの。お食事以外ではほとんどお部屋に引きこもりがちな人だったけど」
「そういう淑女になりたい。とか?」
「なれないとか思っているんでしょう。確かに私は怒りっぽいわよ。そんなのわかってるわ」
「それが魅力的でもあるのさ。高志さんはそう言っていたよ」
「社交界で愛されなくたって、本当はきっとどうでもいいのよ。・・・詩絵お姉様のように、愛する人に、愛されたら・・・」
本音が出た。社交界でちやほやされるのは、どうせ若いうちのことだとわかっている。大学院で芸術や友人たちとふれあい、青春の楽しみも愛する人も手に入れた詩絵お姉様は何から何まで私の憧れ――羨みの対象だった。
「高志さんのところでも言っていたな。かなわぬ恋の相手か?」
「・・・叶いそうもないわ」
叶うわけがない。叶うようなことがあってはいけない。それは詩絵お姉様の幸せを奪うことに繋がるかもしれないのだから。詩絵お姉様のまわりには、美しく気高いものだけがあればいい。透明で清浄な空気が漂う、聖域であればいいのだから。
誰だったかしら。誰かにそう言ったら、詩絵さんだって人間なんだよ、と言われたことがある。確かあれは、お姉様の旦那さまだった。・・・そんなことは百も承知だ、よく知っている。けれどそうであればいいと願うくらいなら良いと思う。
私は時々、自分が火がくすぶっている燃え残りの灰であるような感覚に囚われる。鏡に映った自分を見て落胆することもある。詩絵お姉様のような目の輝きは私になかった。鏡へだてに向かい合えば、濁りきってもいないけれど澄んでもいない、半濁の瞳。
詩絵お姉様には理想であってほしいという気持ちが強いのかもしれない。
私はいつだって、誰かに憧れ続けているだけ。
ああなりたい、こうなりたいと思って羨んでいるばかり。
お母様のようになりたくてお化粧を教えてもらったけれど、若いうちは逆に不自然だった。家庭教師と同等の会話がしたくて勉強を頑張ろうという気になっても、いまいち頭に入らなくてやる気もすぐに萎えた。淑女の嗜み、礼儀作法は覚えても、激しい気性はどうにもなっていない。
――誰かへの憧れは、とても直向きな気持ちなのだとお母様は言った。
直向き。
それならば、くすぶり続けてどうしようもないこの私は何なのだろう。
首が捻じ曲がって、まっすぐに前も上も向けないでいるに違いないこの私は。
「お嬢さん、下ばかり向いて壁にぶつかるなよ」
浮さんの声に顔を上げると、いつの間にか先ほどまでとは違って、左右の白い壁に、金粉で見事な装飾がなされている廊下を歩いていた。そういえば浮さんは、異国のひと(だと思われる)にも関わらず、随分と慣れた足取りで王宮を歩いていた。
「随分と道を知っているように歩くのね。他国の人なのでしょう?」
「ああ、それか。・・・俺には、朱鳥の居場所は手に取るようにわかるからな」
「あすか?」
「今から会いに行く、『蛮族』の名前さ」
「・・・知り合いなの?」
「じゃなきゃ同行するなんて言わない。朱鳥と俺は同じ、流浪の民だ。ちなみに朱鳥がここに連れ去られてきてから、この王宮にも数人まぎれこんでいる。兵士としてな。・・・朱鳥は俺達の一族にはかけがえのない存在だからな」
「かけがえのない存在? その朱鳥というひとを、あなたは連れ戻しにきたの?」
「――内密に頼むよ」
穏やかな顔や口調とは裏腹に、有無を言わせぬ響きを持っていた。
私が返事をする前に、浮さんは行き止まりの小さな扉の前で立ち止まる。
「此処の部屋だったかな」
「行き止まりなら間違いようもないじゃない」
「それもそうだ。――朱鳥?」
ノックと共に名を呼ぶ。浮さんが発する『あすか』の三文字の響きは、やけに丁寧に発音されているような気がする。先ほどから思っていたことだ。気のせいではないだろう。
「開けるか。――よし、開くな」
「中に誰もいないのかしら」
「いないさ。いたら分かる」
浮さんは一体なにを信じて、俺には朱鳥の居場所がわかるとか何とかと言っているのだろう。心底ふしぎというか呆れたような気持ちになりながら、私は浮さんが扉を開けて入っていくのに続く。中は私の部屋と同じくらいの広さだった。
「朱鳥?」
「・・・返事、ないみたいよ」
「寝てるんだな」
扉を閉めるように私に言っておいて、浮さん自身はすたすたと部屋の奥へ歩いていく。部屋の一番奥にある天蓋つきの大きなベッドの向こうで、誰かが動く気配がした。しかし起き上がるような様子は一向にない。
息を詰めて身構えていたのがばからしくなって、溜息をついた。
「結構ずぶとい神経の持ち主なのね。連れ去られてきて、眠っているなんて」
「何かの神経に何らかの異常があるのかどうかは知らない。とにかく未知の病気なんだ」
皮肉ったつもりだったけれど、浮さんのお返事は真面目だった。
「病気? なにかの病気なの?」
「だから未知の病気だと言っているだろう。わからないんだ。原因が」
浮さんは天蓋をはねのけて、ベッドで眠っていた細い体を引きずり出した。
首をぐったりとさせているので顔立ちは見えない。けれど、色素の薄い茶髪である浮さんよりも更に薄い色――あれが金髪というのだろう、そういう髪の色をしていた。私や、この国の国民にはあまり見慣れない外国人の色だ。肌も心なしか白めだ。不健康に青ざめてすら見える。
「この人が――朱鳥というの?」
「ちゃんと姓名もある。普通、俺たち流浪の民は持たないんだが、ご存知の通り国王の妾腹の子だ。それを証明するために、国王が朱鳥の生まれた時に、称号の意味も兼ねた姓名を与えた」
よっこらしょ、と年の割には老人じみた掛け声と共に、浮さんは朱鳥という少年をソファにひっくり返して、持っていた小さな鞄から注射器や聴診器などをてきぱきと出し始めた。
「霧生という。霧生朱鳥」
「霧生って・・・国王陛下の幼少の御名じゃない」
「金印もある。ちゃんとな。それが仇になっちまって、連れ去られてきたわけだが」
「注射器とか・・・何をなさるの?」
「聴診器で異常がないか見てから、何らかの問題があった場合には打つ。――まあこれは、いわゆる覚醒剤なんだが」
「麻薬じゃない!」
「お静かに」
意にも解さない様子で、浮さんは朱鳥の脈をとり始めた。
私は麻薬だという注射器がどうにも気になってはらはらしていたが、浮さんが聴診器を使うために朱鳥さんの服をまくったので、とっさに注射器を握って後ろを向く。
浮さんがからかうように笑った。
「お嬢様は耐性ないのか。たかだか男が腹出してるくらいで」
「普通は人前で肌を見せたりしないわ!」
「確かに、貴族はみんな露出が少ないな。あとそれ、返せ」
「使うの!?」
「使わない。何の異常もない。・・・朱鳥は『いつも通り』、寝ているだけだ」
恐る恐る注射器を返すと、言ったとおりに浮さんはそれをもとの鞄にしまった。
ぐったり眠っているままの朱鳥さんをかついで、ベッドにおざなりに放り出す。未知のものとはいえ病気である人に、ぞんざいな扱いをするものね。
「さて、無事も確認できたようだしな。・・・まあ、でもゆっくりしていくか。それともすぐ帰るか?」
「彼・・・いつも、ああして眠っているの?」
「そういう病気なんだ。眠りすぎる・・・過眠症、とでもいうのかな。便宜上そう呼んでる」
「過眠症・・・」
「俺たちが流浪していたときも、一日の大半はああして眠って過ごした。一週間ぶっ続けで眠ったこともあって、そういう時は呼吸も浅くてな。仮死状態に近かった」
浮さんは頭をかかえた。疲れたような声。
この日出会ったばかりという付き合いの短さだけれど、彼のこの余裕のなさは長い付き合いでもそうそう見られないだろうなと思う。
「それで、高志医師のところに?」
「医学の権威者である彼なら、何かわかるのではないかと思ってね。・・・彼も元々は、俺たちと同じ流浪の民だったからな。それで無理いって、居候させてもらうことになった。朱鳥を連れ戻すためもあるけどな」
「いま、連れ戻さなくてもいいの?」
「それをやっちまえば、お嬢さんは否応なしに共犯扱いだ。それに・・・朱鳥のあの病気が少しかよくならないと、また連れ去られるに決まっている。起きているあいつを捕らえるのは難儀だが、眠っていれば造作もないからな」
「彼の病気をなおす手がかりを見つけるのが先ってこと。・・・それにしてもあなた、彼にたいして、かなり一生懸命なのね。弟分か何かなの?」
「さっきも言ったが、朱鳥は俺たち流浪の民にとって、説明しがたいが・・・とにかく、とても重要な存在なんだ。それに・・・俺には妹がいるんだが、妹も睡眠に関して不可解な病気を持っている。あいつはどう足掻いても、眠ることが出来ないんだ。不眠症というのかな」
「眠りすぎる病気と、眠らなさすぎる病気ってこと?」
「厄介だ」
「・・・・・・なにか手がかりが、見付かるといいわね」
本心から言葉が出た。大切な人がふたりも不可解な病気にかかっている浮さんの気持ちは量れないけど。
浮さんは顔をあげて、ありがとうと笑った。
「しかし、朱鳥にゃ結婚されちゃ困るんだよな。お嬢さんだって好きな人がいるみたいだし」
「結ばれないけれどね」
「そんなに結ばれないだの、何だのって・・・。何か問題でもあるのか」
「お兄様なの」
浮さんの仰天した顔を見て、思わず声をあげて笑ってしまった。
「驚くさ、誰だって」
「義理の、だけれど。私のお姉様の旦那さまの、双子の弟」
「そりゃあまた・・・」
「平民と結婚するだけでも大儀であることはお姉様の一件で知っているし、しかも姻戚関係にあるだなんて、絶対に結ばれることは不可能だわ。私が何とかして、彼に気持ちを寄せられることができたとしても」
「ふうん。いつになく消極的だな」
「いつになく、って・・・付き合い浅いじゃないの」
「まあ、少しは長くなるだろうけどな。朱鳥や唄の病気が調べ終わるまでは少なくとも、高志さんのところに世話になるつもりだし」
「唄って、妹さんのお名前? すてきね」
「そうだろう。声が美しくて、朱鳥の竪琴にあわせて歌うんだ。流浪の民の祝宴にはふたりとも、欠かせない」
「竪琴・・・。そういえば、かなりの名手だと、高志医師はおっしゃっていたわね」
「聞かせてもらうといい。お嬢さんはこれから毎日と言っていいほど、朱鳥に会うんだから」
「・・・・・・偏見はある程度とれたとは思うけど、婚約者だなんて、むりだわ」
「異性の友人だと思えばいいさ。朱鳥にだってその気はない」
「いいひと?」
「多少ぼんやりしてるけどな」
ぼんやり。私は何事もはっきりしている方が好きな性質だから大丈夫かしら。
「まあ・・・そうね。あなたはそう頻繁に彼に会うわけにはいかないでしょうから、何か彼にたいしての頼み事があれば請け負うわ。ことによるけれど」
「ありがたい。感謝する」
浮さんはベッドに放り出した朱鳥さんに毛布をかけてやって、それから私達は王宮の一室を出た。――いつの間にか、先ほどはいなかった見張りらしき兵士が立っている。
身構えた私を制して、浮さんが親しげにその兵士と肩を組んだ。
「次期国王候補の護衛兵とは、短期間で出世したものだな」
「おまえこそ。族の代表で来るのは、絶対にお前だと思ってたよ。朱鳥は元気だったか?」
「寝てたよ、ぐーっすりとな。・・・ああそうだ、こちら例の婚約者の、鳳家の愛結お嬢さんだ。これから毎日朱鳥の様子を見に来てくれるそうだから、よろしく頼むよ」
「べつに毎日とは・・・!」
「礼儀作法とお稽古に一日を費やすより、朱鳥やこの兵士から流浪の冒険譚でも聞いているほうがずっと楽しいと思うがな、俺は。・・・じゃ、しっかり朱鳥を護ってくれよ。寝ていたら本当にあいつは仕様のない奴なんだから」
「わあってるよ、浮。・・・じゃ、愛結お嬢様、また」
その兵士と別れ、王宮のきた道を戻っている最中で、やっと肩の力が抜ける。
「流浪の民ってみな、ああいう感じなの? なんていうか・・・軽快ね」
「俺たちや平民からしたら、家の中でも着飾ってたり、両親や兄弟姉妹にまで敬語で話す貴族のほうがよっぽど変わっているけどな。普通の人間は、ああ気さくでなくても、話しやすい奴のほうが多いもんだ」
「そうなの・・・」
「世界は広いんだ。地図で見るよりもっとな。・・・でも貴族は、狭い世界でも生きていられるが」
「そんなのいやだわ」
「それなら、他人の立場に立って考えてみるというのも大事だぞ」
「言われなくても・・・」
と思わず反論しかけたけれど、ここで反論するのはわかっていないと同義だ。
なにより子供っぽいし。私は口をつぐんでから、頷いた。
「・・・わかったわ」
「素直にものが聞けるというのも、いい態度だ。俺ぐらいの年になると、もう捻くれたのは一生治せないからな」
「三つ子の魂百まで、とは言うわね。私はもう、十八だけれど」
「人はその気になりゃ、幾つになっても変われるんだよ」
「あなた、さっきと言ってることが違わない?」
「俺ぐらいの年になると、変わる気すら失せるんだ」
真面目くさった表情で浮さんが言ったので、私は思わずまた笑ってしまった。
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